前述したセルビア空爆やアフガンでの対テロ戦はこの判断で可能となる。カンボジア(医療/92~93年)やソマリア(兵站支援/92~95年)でのPKO、ボスニア紛争(92~95年)におけるアドリア海での制裁監視といった、周到且(か)つ慎重な段階を意識的に踏み、内外の反応を見極めた上での繊細な決断は見事というほかない。
アフガンに建つ慰霊碑
ところで、中国の李克強首相(58)は(3月)5日「第二次大戦の勝利の成果と戦後国際秩序を守り抜く」と述べた。日本との戦闘を避け続けた中国共産党が「戦勝国」を気取る。朝鮮戦争(50~53年休戦)以降現在の海洋侵出まで、「戦後国際秩序」をいちいち壊してきた中国が「守り抜く」と嘘をつく。
片腹痛いが、日本が「ドイツを模範」とし、戦後国際秩序に厳格に従い、集団的自衛権行使や多国籍軍参加に道を開くと、困るのは中国。そもそも独憲法裁判所は、合憲判断を下すにあたり《基本法(憲法)が定める『独防衛』とは国境を守るだけでなく、危機対応や紛争防止など世界中のどこであれ、広義でのドイツの安全を守るに必要な行動》と断じた。この判例以前の「独防衛」は、自国とNATO同盟国の域内防衛に限ると解されていた。判例は安倍内閣が進め、中国が恐れる、憲法解釈変更そのものなのだ。