8月から全日本まで彼女に密着していた私は、出産していろいろ言われながらこんなにも影で努力している彼女を、取材者の立場で追いかけることができたことに達成感がありました。何より同じスケーターとして「時間がない中で、本当によく頑張ったな」と尊敬の念も抱きました。全日本の演技直後、彼女は私が向けたカメラに「引退します」と打ち明けてくれました。進退を私だけに話してくれたのです。
実は、彼女が休養していた2011年12月に、彼女から「相談がある」と食事に誘われたことがありました。そのときは引退するかどうかで悩んでいました。私は「まだやれると思っているなら、続けてみたら」とアドバイスしました。
私は10年のバンクーバー五輪出場を逃した時点で体も気持ちも完全燃焼していました。そのときの私に比べて、「彼女はまだできる」と思ったからです。でも、全日本の後に「引退する」と言った彼女は、力を出し切ったという表情をしていました。
引退した彼女はいま、テレビでの仕事などで彼女なりに模索しながら新たな挑戦をしているように見えます。