行き交う旅人が店先で立ち止まり、「あの絵を描いて」と注文すると、絵師がサッと即興で描く。その手から生まれる線は簡潔で、親しみやすく、勢いがある。旅人の懐具合に合わせて、使う泥絵の具も、墨、丹(朱)、胡粉(白)、黄土を主に、茶、緑、鼠を加えた7色。「大津絵の極意は3つ。決まった形を素早く何度も描くこと。つまり、型、敏速、反復。これが本来の姿ですわ」と高橋さんはいう。そこに絵師の作為は入らず、表現的な絵画というよりは、陶磁器の絵付けなどの工芸品に近いそうだ。
民藝運動の父・柳宗悦(やなぎ・むねよし)が絶賛した理由もここにある。「ギリギリまでそぎ落とした線で、具体的な姿を想像させる、一つの極限の姿かもしれんね」。民衆のために描かれた素朴な民画。仏画のみならず、鬼の寒念仏、藤娘、雷公など、人気のある図案は生き残り、はやらないものは自然淘汰(とうた)されていった。
ところが1889(明治22)年、東海道線が全線開通すると、街道筋から旅人の姿が消え、大津絵を求める人も少なくなっていった。近代化の波によって薄れゆく感覚。