鍵は発光素子として結晶が必要になる素材に窒化ガリウムを選んだことだ。電気特性や頑丈さですぐれているが、肝心の結晶ができにくい性質だったため、当時しのぎを削っていた世界中の研究機関は敬遠し、セレン化亜鉛の研究が主流となっていた。
だが赤崎氏は、輝き具合で圧倒的なこの素材にこだわって試行錯誤を重ねた。最終的に、サファイアの基板に窒化アルミという別の素材を挟み、窒化ガリウムの結晶を成長させる方法の開発に成功。赤崎氏に師事していた天野氏が大学院生だった85年、高品質の窒化ガリウムの結晶を実際に作ることに成功した。赤崎氏は89年に国際学会で発表し、世界中の研究者から称賛を浴びた。
一方、日亜化学工業(徳島県)の研究者だった中村氏はこの年に、青色LEDの開発を目指して窒化ガリウムの研究を始めた。赤崎氏は窒化ガリウムの結晶化に成功したが、まだ実用的な品質は得られておらず、実用化は遠かった。そこで中村氏は赤崎氏の成果を基にしながら、さらに高品質な窒化ガリウム結晶の生成に取り組んだ。