夕暮れ時、頂にあるカフェレストランで刻々と色彩を変えていく旧市街の姿を見守った。お供はこの地方の名物であるカスタードプリンの「ロジャータ」とカプチーノ。店員が卓上のろうそくに火を灯しに回ってきた頃、漆黒の海にライトアップされた旧市街が浮かび上がった。妖艶(ようえん)な光を解き放つ真珠のように。
激動を生き抜いた歴史
多くの国家がこの街を通り過ぎた。ローマ時代にアドリア海の交易の中心地として繁栄。12世紀ごろから、都市国家として発展し、ベネチアの統治下に置かれた。ルネサンスの影響を受けた建築物が数多く残されているのも、そのためだ。
その後も、オスマン朝トルコやハンガリー王国、さらにはナポレオンのフランスの支配下となりながらも、自治都市としての気風を保ち続けた。16世紀以降は、アメリカ大陸、インドとも交易して、地中海屈指の商港として栄えた。
第一次世界大戦後の1918年、ユーゴスラビア領に。91年にクロアチアが独立を宣言すると内戦が勃発し、街はユーゴスラビア軍の空爆を受け、貴重な文化財が破壊された。