憲法前文に反し《自国のことのみに専念》する「反動」勢力の妨害をよそに、UNTACを起点に、カンボジアは紆余曲折を経ながら、ゆっくりではあるが国家の形を整えていく。平和を取り戻したカンボジアは前半の十数年が破壊されたインフラの復旧、後半の十数年はインフラ建設に費やす。橋完成でバンコク-プノンペン-ベトナム最大のホーチミン市を結ぶ900キロが一本の道で連接。東南アジアの物流活性化は確実になった。UNTACは限界・失敗も残したが、UNTACのまいたタネがなければ、橋の完成はもっと後だったろう。
海外での虐殺に目をつぶり、国際に背を向ける偏向メディアや左翼の独善は自衛隊のカンボジア派遣時代と、根っこにおいて今も変わりない。自衛隊創設以来、前身組織も含めると65年もの間“暴力装置”といちずに信じ?ストーカー行為をライフワークとする暗さは不気味でさえある。アンポ/憲法/“従軍慰安婦”/夫婦別姓/原子力発電…、利用できる要素には何でも食い付き、国益を損なう方向に国民を誘導し続けた。