なぜ?不人気すぎる「軍用ドローン操縦者」 人手不足…精神を蝕む苦痛

 
米空軍が運用する軍用ドローン(無人機)RQ-1「プレデター」(米空軍HPより)

【軍事ワールド】

 米軍がシリアやイラクなどで偵察・攻撃に使う軍用ドローン(無人偵察・攻撃機)を遠隔操縦する「パイロット」が不足している。米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)によると、空軍は年間約180人のドローンパイロットを訓練しているが、一方で年間230人が職場を去っているのだ。あまりの不人気ぶりに、米軍は5年間で12万5千ドル(約1500万円)の特別ボーナス支給を決定するほど。人手不足を招く不人気の背景には、パイロットの精神を蝕む2つの問題があるようだ。(岡田敏彦)

 ドローンの「操縦」

 米軍はイラクやシリア、アフガニスタンなどで偵察や地上目標の攻撃といった危険な任務に無人機を投入している。RQ-1「プレデター」やMQ-9「リーパー」が代表的だ。プレデターは全長約8・2メートル。赤外線カメラや地上攻撃用のミサイル「ヘルファイア」を搭載し、攻撃にも使える。

 これらはドローンというだけあってプログラムされた飛行ルートを自動で飛ぶのだが、特定の目標の追跡や攻撃が必要になると、衛星通信を介した遠隔操縦に切り替える。アメリカ本土にある誘導ステーションからドローンパイロットの資格を持つ兵士が無人機を操縦するのだ。

 安全なのに不人気

 米本土からの遠隔操縦による攻撃は、1990年代の湾岸戦争時に問題となった「戦争がテレビゲームのように行われる」との指摘を具現化したような光景だ。“敵”を一方的に殺戮できるが、安全な米国本土にいる遠隔操縦者(パイロット)は決して銃弾を浴びることはない。

 倫理的には問題だらけだが、少なくとも危険な任務ばかりの軍のなかでは人気職種になりそうなものだ。しかし、いま米軍内で「ドローンパイロット」は不人気職種の筆頭のひとつにあげられている。あまりの人手不足に、5年以上の勤務で約1500万円の特別ボーナスを支給するという“ニンジン”をぶらさげる始末なのだ。

 米軍人向けの日刊紙スターズアンドストライプス(電子版)によると、ボーナス支給決定は昨年12月中旬に米空軍が発表した。ボーナスは現金で毎年2万5千ドル(約295万円)ずつ支払われ、5年勤め上げれば計12万5千ドルが手に入るという。

 逆に言えば、配置転換や退職を望んで去っていくパイロットが後を絶たないため、こんな破格の好待遇を用意せざるを得なくなったのだ。

 戦場と平和

 なぜこれほど不人気なのか。同紙は理由のひとつにストレスをあげる。

 空軍のドローンパイロットの多くは、ネバダ州ラスベガス近郊のクリーチ空軍基地に勤務しているとされる。時には1日約12時間も複数のコンピュータースクリーン画像を監視し、敵を発見し、上司の「ミサイルを撃て」という冷たい声の命令で画面上の人を殺す。

 とはいえ、これは冷暖房の効いたオフィスでの仕事だ。ドローンパイロットは仕事が終わると、基地のガレージに停めていた愛車に乗り込み、近所のスーパーで買い物をして帰宅。夕食を食べ、テレビ番組を見ながら家族との時間を過ごす。そして翌朝はまた画面の中の戦場に戻る-。

 こうした「日常と戦場の短期的な往復」が精神的に耐えられないのだ。

 米ニューズウィーク誌は「毎日人を殺しては牛乳を買って家に帰る異常さ」という見出しで、ドローン操縦者の精神的苦痛を表現している。

 戦場には誰もが否定できないルールがある。「殺さなければ、殺される」。敵に向けて銃弾を放つ“殺人”の苦悩を解決する、最もプリミティブで分かりやすい自己正当化だ。しかしドローンパイロットは、このルールで自分を慰めることができない。自分は100%安全なオフィスにいるのだから。

 操縦士のピラミッド

 もうひとつの理由は、ファイター・パイロット(軍用機操縦者)の世界に厳然としてそびえ立つピラミッドにある。

 米軍パイロットの頂点は、新鋭機を試験するテストパイロットだ。米国の作家トム・ウルフが戦闘機パイロットあがりの宇宙飛行士の内幕を綴り、映画化もされた名著「ザ・ライト・スタッフ」では、戦闘機パイロットがいかに負けず嫌いでプライドが高いかが描写されている。

 最初の宇宙飛行の際、危険性を考慮してロケットに人間ではなくチンパンジーを乗せてテスト飛行したことで、元戦闘機パイロットだった宇宙飛行士たちは、他のパイロットたちから揶揄される。「最初の飛行は、サルがやったんだってな」。

 彼らがピラミッドの頂点とするテストパイロットの仕事は、何百億円という費用のかかった高価な試作機の性能の限界を探り、墜落させずにテストデータを持ち帰ることだ。

 突然エンジンが止まる。音速で飛んでいた最新鋭機がレンガのように落ちていく。さあ何をするべきか。補助翼で姿勢を立て直すのか、あるいは急降下で揚力を取り戻すのか、エンジンの再始動を試みるのか。重要なのは、「次に何をしたらいいのか」だ。

 狭い操縦席の座席にベルトで縛り付けられ、急激なG(加速)に苦しみながら、死や危険に臆さず正しい解答を導き出せる勇気と冷静さ、判断力、洞察力…。こうした“正しい資質”を持つのが最高のパイロットだというわけだ。

 俺は「パイロット」なのか?

 そんなパイロットの目に、ドローンの操縦者がどう映るか。パイロットたちが最も重視する「肝っ玉が据わっていること、男らしい度胸」(ザ・ライト・スタッフより)が不要で、操縦士でありながら空を飛ばない…。それは果たして「パイロット=操縦士」なのか。

 仲間にして最大の理解者であるはずのパイロットたちからは落伍者扱いされ、苦悩に見合った評価を得ることがない。これでは配置転換を望むのも当然だ。

 米軍ではボーナス施策のほか、空軍の航空学校の卒業生の一部を自動的にドローン操縦任務につかせることを決めたが、そもそもパイロットという職業を選ぶ人間は一人残らず、自分が空を飛びたいのだ。一方で軍の偵察や情報収集へのニーズは戦場以外でも高まっている。需要と供給のギャップを埋めるのは難しそうだ。