「昔の名前」で復活!スズキ・アルト ワークスは世界一“使える”スポーツカー

試乗インプレ
アルトワークス

 2013年の東京モーターショーでスズキの鈴木修会長が「軽は貧乏人のクルマ。スポーツカーはいらない」と発言してから2年余、「いらない」と言っていた“スポーツカー”を堂々発売した。しかもバブル期に一世を風靡した「昔の名前」で約15年ぶりの復活。そう、今回は皆様お待ちかね(ですよね?)のアルト ワークスを取り上げる。スズキはこのクルマを明確に「スポーツカー」とは呼んでいないが、専用設計の5速マニュアルシフト、圧倒的な加速、標準装備されたレカロシートなど、私から見ればスポーツカー以外の何物でもない。その実態に迫った。(文・カメラ 小島純一)

 下位グレードより地味 悪目立ちしないのがオトナの証拠?

 全体のシルエットは標準グレードのアルトとほとんど変わらない。ルーフスポイラーとボディ下部のスカート類も小ぶりで、言われなければ気が付かないくらいに、スポーツモデルとしては主張が控えめ。プロジェクター式のヘッドライトも、先行発売されたスポーツグレードのターボRSと同じもので、ワークス専用と言えるのは前後の「WORKS」銘バッヂとサイドデカールくらい。赤を基調に加飾されたターボRSよりも地味なくらいだが、むしろこの程度の加飾のほうが、普段使いでも気恥ずかしくなく乗れるのが、いい年したオッサンには嬉しかったりする。

 最近は、乗用車として軽を検討するユーザーの多くが、ワゴンRのような背高ワゴンタイプの車種を選んでいる。アルトのような昔ながらの背の低い車種(と言っても1980年代の初代ワークスの頃と比べると10センチもアップ)は、車両価格の安さから、4ナンバー登録の商用車としてのニーズのほうが主力。そう考えると、最低限「商用車っぽく」は見えない加飾が施されていることに気付く。前々回取り上げたスバル・レヴォーグのようなステーションワゴンでもそうだが、大枚はたいて購入するユーザーにとっては、せっかくの愛車が「お仕事グルマ」に見えてしまっては悲しい。ここんとこ結構大事である。

 全長と横幅は軽の規格内の最大サイズ、高さは150センチと、背高ワゴンタイプと比べると概ね15センチくらい低い。天井の低さは当然室内の広さに影響するが、逆にほとんどの立体駐車場に入れられるのはメリット。小型車でいうとちょうどトヨタのヴィッツと同じだが、横幅が短いせいもあって、もっと背が高く見える。

2つの顔を持つクルマ

 ガバッとドアを開けると目に飛び込んでくるのは、前席に奢られたレカロシート。室内のワークス専用装備の白眉と言えるものだ。座ってみると…おお!完全に軽自動車のレベルを超えた座り心地。ナニコレ、ここだけ高級車じゃん!と変にテンションが上がる。肩から脇にかけてのサポートもばっちりで、こりゃ相当振り回しても全然イケるぞ、などと“危険”な予感すら浮かぶ。で、ドアをバチコンと閉めると…あれれ、なんだこの狭さは。私自身、かつて軽自動車オーナーだったこともあり、軽の室内の広さ(狭さ)加減については十分な経験(免疫?)があるつもりだが、それにしても狭い。レカロシートは座面、背もたれ、サイドサポートが肉厚なため、実際の空間以上に狭く感じるのだ。さらに、標準のシートよりも着座位置が少し高くなっており、頭上の空間も少ない(ボディ自体が背高スタイルでないことも一因)。その分、視点が高いので見晴らしはいいけれど、やはりスポーツモデル、幅方向の余裕は仕方ないとしても、着座位置だけは低くしてほしい。

 ほかの軽と同様、運転席優先で左寄りにオフセットされた助手席はさらに狭い。陽気がよければ、窓を開けて左腕を外に出したくなる感じ。購入を検討中でまだ実車を見ていない方は、この狭さについてはあらかじめ覚悟が必要と思う。ほかの軽自動車からの乗り換えでも狭く感じるだろう。

 装備は必要最小限だが、普通に乗る分には不足を感じないし、これで十分だと思う。ただ、インパネ中央の収納スペースはもうちょっとなんとかしてほしい。中途半端なサイズで3カ所。携帯やら財布やら、高速道路の通行券など小物を入れるためのスペースだと思うが、蓋がなく、角度も浅いので、特に上の2カ所は走行中にポロポロ落ちてしまう。落ちた物が床とペダルの間に入ったら、と思うと危なくて物を入れる気になれない。

 後席に目を移すと、シートは一括可倒式のベンチ型で、座面が短い代わりに足元は広々している。座面も背もたれもフラットでクッションも薄いので、座り心地もサイドサポートも全く期待できないし、中長距離ドライブで座りつづけるのはしんどいと思う。しかし、短距離の買い物程度なら、不満が出ることはなく、むしろ乗り降りのしやすさや、荷物の積みやすさのほうが光るだろう。

 荷室は後席を起こした状態では広くはないものの、ドアの開口面積が広く、荷室下端も敷居も低いので、重い荷物の積み下ろしはしやすい。もちろん、後席を倒せば普通乗用車並みの広い荷室が現れる。

 前席はスポーツ走行を最優先した「ワークス」、後席は生活の足「アルト」という2つの顔を持つクルマと言える。

 異次元の軽さ、ドライバーを挑発するエンジン

 「試乗インプレ」で私が担当してきた何台かの中でも、これは一番尖がったクルマだと思う。見た目が普通のアルトとほぼ同じだけに、外観と中身のギャップでそう感じる部分もあるのかと思ったが、多分そうではない。絶対値がすでに激辛なのだ。

 まず、異常に軽い。これは走り出してすぐわかる。軽いというより、重さを持たないものを走らせている、というほうが実感に近い。サスペンションの設定が硬く、路面の感触が強く伝わってくるから接地感はしっかりあるのだが、仮にサスが柔らかめの設定だったら、浮いて走っているように感じたかもしれない。そのくらいに軽かった。

 加えて、アクセルに対する反応が恐ろしく鋭い。ちょっと踏んだだけで、瞬間的に5000回転くらいまで跳ね上がってしまう。慣れるまでは発進で回転を合わせるのが少し難しかった。シフトチェンジでも、不用意に「フワァーン!!!」と吹け上がってしまってギクシャクする場面もしばしば。わー恥ずかし(汗)。ところが、これが小一時間乗って感じがつかめてくると、だんだん楽しくなってくる。とにかく、加速感が並ではない。2台並べて走らせ比べたわけではないので、あくまで記憶での比較になるが、S660よりも加速感は上回っている。車高も着座位置も低いS660のほうが本当は速く感じるはずだが、この標準グレードよりも着座位置の上がってしまっているアルト ワークスのほうが不思議と「速い」と感じた。

 エンジンは低回転からターボが効き、発進トルクも十分以上。無理に回さなくても余裕で走らせることができる…が、エンジン音のチューニングが素晴らしく、特に始動から低回転時は軽らしからぬ野太い排気音が響いてその気にさせられる。あたかもエンジンが「もっと回せ」と挑発してくるようで、思わずアクセルを踏み込むとすごい加速で「気持ちいいー!」。結果、ちっともエコランする気にならない。先に謝っておくと、今回の試乗、エンジン回しすぎて、満タン法でリッターあたり14.8キロ(公称では23.0キロ)という軽自動車とは思えない超高燃費を出してしまった。実燃費でもホントはもっといいはず。スズキさんごめんなさい。

 そして、5速のマニュアルシフト。これがカッチリしていて、シフト操作が気持ちいい。S660やロードスターと比べると、ストロークは少し長めで、ドライバーの身体に対する配置も相対的にだいぶ下になるが、まったく違和感はなく、ごく自然に操作できる。レバーを軽く押してやると、スコッと吸い込まれていく感触は完全にスポーツカーだ。広告でも「いま、マニュアルに乗る。」というキャッチコピーを前面に押し出しているが、その宣伝文句に偽りはないと感じた。惜しむらくは5速という点。運転中何度も存在しない6速にシフトアップしようとして、4速に落としてしまう場面があった。それくらいに車重に対してエンジンのパワーに余裕があるのだ。マイナーチェンジでの6速化に期待したい。

 今回も渋滞を含む都市部、高速道路、茨城県・筑波山周辺の山坂道と3パターンで試走。ワインディングでもよじれを感じない軽離れしたボディ剛性、接地感の高い固めのサスペンションは、峠道を元気に駆け抜けても路面をしっかりつかんで離さず、狙い通りにカーブをきれいに曲がっていく。ただし…。

 とびぬけた軽量ぶりが仇になる場面があった。筑波山は道路の整備が不十分な箇所が多く、大きめの段差があったりするのだが、ここを普通のクルマの感覚で走り抜けると、アルト ワークスは軽く“飛ぶ”のである。無論、その“滞空時間”はほんの一瞬ではあるのだが、他の多くのクルマと比べると明らかに長いと感じた。今回はたまたま直線での出来事だったので、着地してそのまま問題なく走り続けたが、これがカーブの頂点だったら危険。軽くて速いが、調子に乗って飛ばしすぎると痛い目に遭うだろう。特に整備が行き届いていない道を走るときは、その軽さを十分意識して慎重に走ったほうがいい。

 同様に、高速道路の追い越しで、一瞬法定速度を超えるような場面でも、軽さが多少不安に思えた。100キロ巡航でもいやな振動は伝わってこないし、むしろ一般道よりも直進安定性を強く感じることができた。これは、高速走行を前提にしたサスペンションの設定の賜物だと思う。しかし同時に、スピードを上げるほどに浮いているような感覚に襲われたことも事実である。実際は浮いてなどいないし、強めのブレーキをかければ、きっちり制動がかかるから、それが単なる思い過ごしであることが頭では理解できるのだが、丸一日乗った程度では、その感覚はぬぐえなかった。慣れの問題とは思うが、このクルマの軽さの異次元ぶりがうかがえて、面白い体験だった。

速い・安い・使える、の三拍子 「無敵」まであと一歩

 トヨタ・86(スバル・BRZ)を皮切りに、ホンダ・S660、マツダ・ロードスター、ダイハツ・コペンなど、国産メーカー各社から比較的手に入りやすい価格のスポーツカーが出そろってきた。それぞれに共通するのは、実用性を犠牲にしてもスポーツ性能とスペシャリティを追求するというスポーツカーとして当たり前のコンセプトである。そこに復活したのがこのアルト ワークス。パッと見普通の軽乗用車だが、運動性能は完全にスポーツカーだった。

 それでいて、おそらく上に挙げたどんなピュアスポーツよりも実用性は高く、車両価格は安い。もちろん、アルトの乗用最廉価グレードが85万円以下(商用版は70万円以下!)と知ってしまうと、150万円という価格が安いとは言いづらい。しかし、性能は50万円高いS660にまったく引けをとらないどころか、体感的なスポーツ度はアルト ワークスのほうが上だと感じた。乗り心地が固いのはしょうがないとして、家族や友人+荷物を満載して穏やかに走ることもできるし、ぼっち乗りで元気に振り回すこともできる。多分、世界で最も安く、なおかつ最も汎用性の高いスポーツカーという独自の立ち位置にあるクルマなのだ。価格への評価は、その点を考慮に入れるべきだろう。

 でも…正直、レカロシートなしの廉価版を15~20万円価格を下げて出したら、本当に「無敵」だとも思う。(産経ニュース/SankeiBiz共同取材)

■基本スペック

スズキ・アルト ワークス 5MT

全長/全幅/全高(m) 3.395/1.475/1.5

ホイールベース 2.46m

車両重量 670kg

乗車定員 4名

エンジン 水冷4サイクル直列3気筒インタークーラーターボ

総排気量 0.658L

駆動方式 前輪駆動

燃料タンク容量 27L

最高出力 47kW(64馬力)/6,000rpm

最大トルク 100N・m(10.2kgf・m)/3,000rpm

JC08モード燃費 23.0km/L

車両本体価格 159.984万円