中国の「市場経済国」認定 日米欧の連携で慎重に判断を
【日曜経済講座】論説副委員長・長谷川秀行
世界2位の経済大国となりながら、共産党独裁体制下での不透明な国家介入が目立つ中国経済にどう向き合い、適切な関係を築くべきか。これは、日本や米国、欧州などの先進諸国が絶えず判断を迫られる重要なテーマだ。
典型例が、中国の主導で設立されたアジアインフラ投資銀行(AIIB)であり、国際通貨基金(IMF)が「国際通貨」のお墨付きを与えた人民元の国際化だった。
貿易をめぐっても、これと似た構図の議論がある。中国を世界貿易機関(WTO)の「市場経済国」と認めるか否かという問題だ。
中国は2001年のWTO加盟時の議定書で、当初15年間は、他国からのダンピング(不当廉売)調査に際し不利な条件を課される「非市場経済国」と扱われることを受け入れた。その期限が今年末に迫っているのだ。
通常、ダンピング調査は輸出国側の国内価格と輸出価格を比べ、不当に安い価格かどうかを判断する。ただ、中国のように輸出や生産などへの政府関与が強く、適正な国内価格を把握しにくい非市場経済国に対しては、第三国の価格などを基準にできることがWTOに認められている。
中国にすれば、貿易相手国から反ダンピング関税をかけられやすい不公平な扱いということなのだろう。規定が失効すれば、その後は自動的に市場経済国の地位を得られると主張している。
だが、これがすんなり認められるかというと、そうではなさそうだ。WTOには、市場経済国を定義する基準はなく、自動的に認定してよいかどうかは見方が分かれる。少なくとも日米や欧州連合(EU)は、それぞれ独自に是非を判断する方針だ。
方向性はまだ固まっていない。米国は認定せず従来の扱いを続けるとの見方が有力だが、日本は検討中だ。議論が活発なのはEUで、対中関係を重視し認定に前向きな英国などと、反対するイタリアなどに意見の隔たりがある。
そもそも中国を市場経済国と呼ぶのは妥当なのか。例えばEUには市場経済国認定のための独自基準があるが、企業の意思決定に対する政府の影響度や透明性の高い企業法制など、その大半は基準を満たしていないという。
日本企業による中国での合弁事業でも、労務関係や生産設備について党の意向に左右される例は少なくない。
着実な改革が見込めるなら良いが、国家の恣意(しい)的な経済運営がなかなか解消されそうにないことは、昨年来、市場支配を強めようとしてきたことをみても明白だ。これで市場経済が十分機能しているというのは無理があろう。
認定に反対する声が出る背景には、中国の安売り攻勢への警戒と反発もある。
中国が他国から反ダンピング措置を受けた件数は、1995年から2014年の累計で759件と世界最多だ。2位の韓国(213件)と比べても群を抜く多さである。
一般に反ダンピング措置は世界経済の後退局面で増えがちだ。足元の経済情勢をみれば、この傾向に拍車がかかる可能性は十分にあろう。
折しも、中国で過剰生産された鉄鋼製品などが安値で輸出され、競合企業が打撃を受けている。欧州産業界の危機感は特に強く、市場経済国認定で反ダンピング措置が困難になれば、これに歯止めがかからず、大量の雇用が失われるとの懸念は大きい。
一方、認定の是非を判断する上で難しいのは、規定が失効したのに扱いを変えなければ、WTO協定違反として中国から訴えられる恐れがあることだ。これにどう反論できるかは大きな課題である。
EUは、市場経済国と認定した上で反ダンピング法制を強化する打開策も検討しているが、効果的な案を打ち出せるのかはまだ見えない。
これまで中国は、他国に対し市場経済国と認めるよう強く働きかけてきた。オーストラリアなど、すでに認めている国もある。今後は日米欧への要請も強めよう。
だが、ここは各国とも慎重に検討すべきだ。感情論に背中を押され保護主義に走るのは論外だが、不公正貿易の実態が厳然と残るなら、厳しく対処すべきは当然である。
気がかりなのは、そこに目をつむり、中国の機嫌を伺うように前のめりの認定に動くことだ。それで日米欧の足並みが乱れるようではAIIB参加問題と同じである。
大切なのは、日米欧が連携し、中国の認定にどう対処するのか、共通の論理を構築することだ。その上で中国に一段の改革を迫る。それこそが世界貿易の健全な発展に欠かせぬ手立てである。
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