日本文化を海外に紹介する試み、一方通行では限界がある

 

 日本文化を海外の人に紹介する試みは色々ある。武道や華道などのレッスンも一例だ。

 ぼくは、それぞれの全てを実際に知っているわけではないが、4月23日-25日の3日間、ミラノで行われたWSET(Wine & Spirits Education Trust)のレベル3(上級コース)の日本酒コースを見学して、「これほど体系的に日本の文化を短期的に学習できるプログラムがあるだろうか」と感じた。

 WSETとはワインとスピリッツの専門家を育てるプログラムを組む英国政府認定の協会だ。ここが2014年から日本酒のコースをスタートさせたのだ。現在、このコースは英国以外でも香港、ボストン、ポートランド、ドバイなど世界12都市で展開されているが、イタリアではこの4月が初めてだ。 

 12人の生徒の参加者はイタリア各地から集まったイタリア人のみならず、スペインからの日本人もいる。シェフ、ソムリエ、輸入など酒に何らかのカタチで職業的に関わっている人たちがメインである。

 講師はWSETから認定を受けたマルコ・マッサロットさん。国内トップのデジタルマーケティング企業を経営する傍ら、酒道という日本酒や和食を普及するNPOを主宰し、定期的に酒の試飲会を行う。2年連続、ミラノ酒フェスティバルも開催した。またイタリア人グループを引率した日本各地のグルメ旅行も実施する。

 WSETの日本酒プログラムの作成メンバーであるミュージアム・オブ・サケの菊谷なつきさんが、ビデオでロンドンから常にレッスンの進行をチェックし、適時、生徒に質問したり、マッサロットさんの説明の補完をする。

 

 言語は英語だ。資料も全て英語で生徒もテストに英語で回答しないといけない。WSETが最終的にチェックを行うためだ。今後、各国語にローカリゼーションも行われていくが、日本酒のコースはまだその段階に至っていない。

 このコースが設けられた背景には、日本酒について正確に説明できる人材なしに海外市場での日本酒の普及は順調に進まないとの認識に至ったからだ。「酒は熱燗だけ」「大吟醸が一番良い酒」等、基本的な情報がないところで紹介する人の「耳学問」と好みだけで酒を勧めるにも限度がある。

 酒を輸入販売する個々の民間企業がいくら宣伝に努めても、販売エージェントや現場で日本酒を勧めるバーマンやソムリエにその知識がなければ市場は開拓できない。このような事情をよく理解している岩手県の蔵元、南部美人は今回の教材に使う12種類の酒のうち5種類の酒を提供している。

 マドリッドから参加された日本人の方は、本拠地のカナダで日本酒を輸入販売している。売り先は仏料理や伊料理の店だ。彼がこう語る。

 「日本の利き酒師の資格もあり、酒に関する他の教育プログラムも見ていますが、WSETは分析的ですね。ベーシックな漢字の習得や日文化の理解も必要ですが、だからといって特に日本人だから有利という内容ではないところが、フェアな印象をうけます」

 日本サイドのバックアップがあるといえど、英国の協会が推進しているために日本の精神文化の強調がないのが良いのだろう。プログラム策定に関わった菊谷なつきさんにも、この点を聞いてみよう。

 「日本酒を一つの学問として論理的に確立し、欧州はじめワインに通じた国々で汎用性のある講座として展開していくことが、このコースの狙いです。 これまで精米歩合や銘柄名のみでしか区別されてこなかった日本酒の違いを、製造工程の技術やこだわりがいかに最終商品の酒質に影響を及ぼすかを3~4日かけて学んで頂きます」

 原材料や製造工程の流れを細かく学び、米の品種、酵母、軟水硬水、酒母、これらの要素が把握できるよう40種類以上のテイスティングを行う。それによって日本酒のスタイルや味わいがどのように影響されるのかを実感するのである。

 SAT(Systematic Approach to Tasting)というワインやスピリッツの世界で使われる試飲用語や分析項目などからなる評価方法がWSETにはある。これらに日本酒独自の用語や項目を組み込み、これまで日本酒に馴染みのなかった人たちが既に身に着いているテイスティング表現や概念で日本酒の評価ができる、というわけだ。

 「3日間で学んでいただくには挑戦的な内容だったと思いますが、参加者の皆さん非常に熱心に参加頂きました。現場のプロから鋭い質問や意見が飛び合い、素晴らしいセッションとなりました。 マッサロットさんのように日本食や日本酒文化に通じ、日頃から情熱を持って現地で啓蒙を推進している方に講座を仕切って頂けて感謝しています」と菊谷さんは語る。

 科学的でありビジネスで通用するという目標があることは、文化の伝達においてもとても大切であることが、この事例から分かる。思い入れたっぷりの一方通行の文化発信の限界が、ここから逆にみえてくる。(安西洋之)

【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)フェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解するためのアプローチ。ビジネス企画を前進させるための異文化の分かり方だが、異文化の対象は海外市場に限らず国内市場も含まれる。