アーティスト成功の秘訣 国際的舞台で活動する廣瀬智央さんに聞く

 
Satoshi Hirose, Senza titolo (13 Anelli), 2016. Acciaio. ca. 1000 x 1500 xh 350 cm.Courtesy Limiti inchiusi arte contemporanea, Limosano e Fondazione MoliseCultura, Campobasso.Foto: Tartaruga. (c)2016 Satoshi Hirose All Rights Reserved.

 廣瀬智央さんはアーティストである。

 この5月、イタリア南部の人口約30万人の小さな州、モリーゼにある文化財団に彼は招かれた。アーティスト・イン・レジデンスである。住居やアトリエを提供され、作品作りに没頭する環境を用意してくれる。廣瀬さんは、財団の第1回目の招待アーティストだった。

 アーティスト・イン・レジデンスにおいて作品コンセプトは作家の意思に任されることもあるが、最近は滞在している土地のコンテクストを読み込んだ作品を求められることも多くなってきた。その場合、地域振興が目的になる。

 廣瀬さんがこのオファーは受け取った理由を、こう語る。

 「イタリア中、ほとんど全ての州を旅したけれど、モリーゼだけは行ったことがなかったんですね。このプロジェクトのことをイタリアの人に話すと、ほぼ全員が『あんなところ何もない』と断言するわけです。誰も行ったことがないのに。これは行ってみるしかない」

 一方、廣瀬さんに白羽の矢が立ったのは、コンテンポラリーアートの国際的舞台で活動しているアーティストだからだ。この世界で評価の定まっている美術館の展覧会に出展したことがあること、高い評価を受けるギャラリーに所属する作家であること、これが「国際的舞台」の意味だ。多くの国の貸しギャラリーで個展を何度開催しても評価点には入らない。

 もちろん彼の過去の作品からみて今回のプログラムを成功に導いてくれるはず、と判断されたのが大きな理由だ。結果、「今回の作品はモリーゼの市民たちに意味ある刺激を提供することができたと思う」と廣瀬さんは話す。

 彼はモリーゼの滞在中に何を考えたのだろうか。

 モリーゼには数百人レベルの丘上都市がたくさんあり、お互いの距離がとても近い。10-20キロ毎に集落が散らばっている。しかも過去、クロアチアやアルバニアなど他国から移ってきた人たちが中心になって住む丘上都市もあり、そこではオリジナルの言語の影響をうけたイタリア語が話されている。イタリアで2番目に小さい州にも、こんなにも多様性が維持されて、異文化が共存している。

 20数年のイタリア在住経験を積んできた廣瀬さんも、イタリアの“どうしようもなくある多様性”を認識せざるをえないと、腹の底からあらためて感じた。こうして作品のコンセプトは決まった。

 1920年代のファシスト時代の建物を再生した、財団のある建物内のさまざまなところに作品をあえて散在させた。かしこまった美術にはない楽しさを感じてもらいたかったのもあるが、モリーゼに散らばる集落をも再現している。

 一番大きな作品はステンレス・スチールのパイプで作った○(リング)だ。合計で13ある。中庭に置かれている。これはパーマネント作品としてコレクションされる。

 日本では禅宗の円相のように悟った心のあり方として○が位置付けられる。その解釈は見る人に任されるが、欧州文化における○は完璧の象徴である。異なる文化によって同じ形状も違った解釈をもたらすことを示すのが一つ。また異なる文化を理解するには視点を変える必要があるが、この作品の配置にはその狙いも実現されている。

 中庭の低い視点から作品を見るのと、2階のテラスから見るのとでは作品の表情が変わるような○の構成になっている。 

 低い視点だと、モリーゼに大小さまざまな集落が点在する風景と群島のイメージがダブる。雨が降って水が溜まると、○が島のように浮いてみえる。 

 上からみると人の顔だ。小さい口には大きな耳(口数が多いと聞く耳をもたない)。大きな口には小さな耳(聞き上手は口下手)。モリーゼはこれだけ小さな地域に多様な文化がありながら、口と耳のサイズにバランスがとれていることを暗喩している。

 ただ、バランスがとれていることが逆にネガティブになることもある。

 「ダ・ヴィンチ、カラバッジョ、セザンヌ…歴史上に名が残っているアーティストたちは皆、イノベーターなんだ。君たちも、異なった文化に触れて新しい世界を作るように」と、高校生たちとのワークショップでは10代の子たちの背中を押すことも忘れなかった。

 これもアーティスト・イン・レジデンスで期待されるアーティストの重要な役割だ。

 以前、米国のアーティスト・イン・レジデンスも経験したことがある廣瀬さんだが、今回の感想を聞いてみよう。

 「アーティストに期待されているのは、その土地に住んでいる人たちの先入観や固定観念を崩して欲しい、ということでしょう。それでアーティストの視点が役に立つんですね。ただ、それも全て言葉でもローカルの人たちを説得できないと話にならないです。今回の作品制作の予算も、○のコンセプトを財団の人たちに丁寧に説明して当初の予定の倍にしてもらったのですから」

 このように舞台裏を明かしてくれた。成功の秘訣はアーティストの場合でも、人を説得できる言葉をもつことは太字で強調しておきたいことだ。それができないと表現したい作品ができないのである。

(安西洋之)

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http://www.jida.or.jp/site/information/innovationseminar.html

【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)フェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

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