復活に20年かけた英国の映画、EU離脱で再び危機 エンタメ業界は阿鼻叫喚
【エンタメよもやま話】
さて、今週ご紹介するエンターテインメントは、英国の欧州連合(EU)離脱の影響を受けるけっこう意外な産業のお話でございます。
ご存じのように、EU離脱の是非を問う英国の国民投票で6月24日、離脱派が勝利し、世界に大激震が走りました。日本でもこの日の東証平均株価は前日比1286円33銭安の1万4952円02銭と今年の最安値&約16年2カ月ぶりの下落幅を記録。円相場も東京市場で一時、一時1ドル=99円00銭まで急騰するなど、世界の金融市場が大混乱。
25日付のフランス通信(AFP)によると、投資家の資金が株から安全資産である金や日本円、有料債権に逃げたため、前述の東京市場が前日比で7・9%減、ロンドン3・2%減、フランクフルト6・8%減、パリ8・0%減、ニューヨーク4・1%減、上海1・3%減、香港2・9%減-と各国の市場が軒並み暴落。
そのせいで、世界の株式市場から計約2兆1000億ドル(約215兆円)が一瞬にして消えてしまったのでした…。
こうした状況もあって、英国ではEUからの離脱によってある産業が壊滅的な打撃を受けるとの話が出ています。映画産業です。これまで、映画や音楽に代表されるエンタメ産業は世間の混乱時や不況下でも強さを発揮すると言われてきましたが、どうやら今回は事情が全く違うようです。というわけで、今回は、なぜそんな大変なことになるかについてご説明いたします。
6月24日付で英紙ガーディアンや米紙ロサンゼルス・タイムズ、米業界紙デーリー・バラエティ(いずれも電子版)などが報じていますが、まず、英国のインディペンデント(独立系)映画とテレビの業界連合組織の会長で、ロンドンにある有名な映画・テレビ番組製作会社「GFMフィルムズ」の共同経営者、マイケル・ライアン氏が6月24日にこんな声明を出しました。
「(英国が)EUから離脱するという決定は、英国の映画とテレビ業界に大変な打撃を与える。映画やテレビ番組の製作には非常に高額の資金がかかるうえ、ビジネス自体が非常にリスキーで、(EUからの離脱によって)ビジネスに(悪い)影響を与えるのは確実だ。強力かつ活気ある貢献をしてきたわれわれ英国のクリエーティブ部門にとって壊滅的な影響を与えることになるだろう」
この声明、米ハリウッド業界紙のデーリー・バラエティ(電子版)が24日に報じ、世界に広まったのですが、前述のガーディアン紙は、この声明などを引用しながら、英国の映画産業が今後被(こうむ)る悪影響を詳細に報じています。
その中でまず最も注目すべきは、英国の映画プロデューサー(製作者)たちにEUから製作費などとして多額の現金が流入しているという事実です。
毎年、英の映画、テレビ、ゲーム業界に多額の資金を提供しているEUのメディア・プログラムは2007年~2015年までに計約1億3000万ユーロ(約148億円)を拠出しています。このお金は英国で映画の製作費や配給費、映画フェスティバルの運営費などに使われていると言います。
なので、6月21日付の米業界誌ハリウッド・リポーター(電子版)によると、007のシリーズで知られるバーバラ・ブロッコリ氏(56)や「キリング・フィールド」(1984年)などで知られる大物、デヴィッド・パットナム氏(75)、「英国王のスピーチ」(2010年)のイエン・カニング氏(36)ら、英国の映画界を代表するプロデューサー計20人が6月21日、連名で英国のEU残留を希望するとの声明を出しています。
声明では、前述のEUのメディア・プログラムが拠出した巨額の資金などに触れるとともに「EUに留まるということは、欧州内では(われわれの生産物が)課税対象に入らないということで、われわれが製作する長編映画やテレビ番組、ゲームなどは今後も国境を簡単に往来できることを意味する。これはわれわれの産業の雇用や収益増に寄与することにつながる」などと説明。
その根拠として「現在、英国の映画やテレビ番組のクルーやキャスト、特殊撮影アーティスト、ゲームプログラマー、作家、監督らは労働許可証なしで他の欧州各国で働けるし、それらに関わるすべての機材にカルネ(欧州各国を車で通過する時の無関税許可証)はフリーパスだ」と説明。
そして「こうした利点は、欧州で最も急成長を遂げている英国のクリエーティブ産業の助けとなっている。実際、2013年から14年の1年間で、英国のクリエーティブ産業で働く人々の数は5・5%増の約180万人となり、14年には英国経済に840億ポンド(約11兆7500億円)もの富を生み出した」と明言し、EU離脱によって英国の映画産業に代表されるクリエーティブ産業が傾けば、英国経済にも大きな悪影響が出ると訴えました。
プロデューサーたちばかりではありません。この問題に関しては、ベネディクト・カンバーバッチ氏(39)やキーラ・ナイトレイ氏(31)、ジュード・ロウ氏(43)ら人気俳優や作家、ミュージシャンら計約300人が5月20日付で「英国がEUから離脱すれば、われわれの世界規模での成功は深刻に悪化する」との公開書簡を英紙デーリー・テレグラフとガーディアン紙に寄稿し、EUへの残留を強く求めました(5月20日付米紙ニューヨーク・タイムズ電子版)。
確かに、こうしたEUからの“文化的補助金”などが英国の映画業界に入ってこなければ大変な事態を招きます。そのうえ、EU内に留まっていたことで受けられた関税を含む税制上のさまざまな恩恵までなくなれば、英国での映画やテレビ番組の製作に大きな支障が起きるのは確実です。
さらに問題はこれだけではありません。為替です。離脱が決まり、英ポンドはユーロや米ドルに対して約30年ぶりに急落しました。1ポンドの価値がこれまでより大きく目減りしたわけで、EU各国からユーロで何か買い物をするとき、以前より多額のポンドを支払わねばなりません。
なので、英国の映画配給会社はEU各国で作品を買い付ける際、大幅なポンド安によって、これまでよりさらに高い金額を支払わねばなりません。そうなれば英国で上映されるフランスやイタリア、スペイン、ドイツなどの良質な映画の本数が大幅に減ることが予想されます。
また、その逆のパターンで、英国の映画をEU各国に輸出する際にも大きな障害にぶつかります。前述した離脱によって発生するであろう関税といったさまざまな税制上の問題です。
英国映画協会(BFI)が2015年12月に発表した近年の業界動向まとめによると、1995~2013年までの映画関係の輸出総額は、13年が13億6100万ポンド(約1900億円)で95年の73%増を記録しましたが、その輸出先(2009~2013年)はEUが41・5%、米国が40・5%、EUを除く欧州が6・5%、アジア5・7%-の順で、いかにEUという市場に大きく依存しているかが良く分かります。
そして、なぜ大きく依存しているかと言いますと、前述したように同じEUの国々に対しては税制上のさまざまな優遇措置があったからですが、離脱によってそれがなくなればどうなるかは説明するまでもありません。
長々、いろいろ書きましたが、簡単に言うと、今回の離脱決定によって、英国の映画館から欧州の作品が消え、欧州の映画館から英国の作品が消えるという英国の映画産業にとって最低最悪の事態が現実化するというのです。これはシャレになりませんね…。
今回の国民投票の結果を受け、英国は今後2年をかけてEUから離脱することになりますが、離脱後、前述したような状況から製作資金が枯渇すれば、状況は間違いなくこうした最低最悪の結果に向かいます。ある英国の映画プロデューサーは前述のガーディアン紙(電子版)に「ひどいニュースであり、重大な悪影響を受けることになる」との懸念を示しました。
というわけで、今回の離脱によって英国の映画産業は1970年代初頭の暗黒時代に逆戻りするのではないかとの声が噴出しています。
英国の映画産業はこの時期、観客数の減少やテレビとの競争、そして米ハリウッドが海外からの下請け製作業務を終わらせ資金を引き揚げたことで、多くの製作会社が倒産し始めました。そして復活するのに20年もかかったというのです。こんな悲劇が再び起きるのでしょうか…。(岡田敏一)
【プロフィル】岡田敏一(おかだ・としかず) 1988年入社。社会部、経済部、京都総局、ロサンゼルス支局長、東京文化部、編集企画室SANKEI EXPRESS(サンケイエクスプレス)担当を経て大阪文化部編集委員。ロック音楽とハリウッド映画の専門家。京都市在住。
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