小麦粉メーカーが経営する「ピッツァ大学」 消費者にノウハウを叩き込む狙いは?

 

 欧州の某農機具メーカーのデジタルマーケティング担当に聞いた話だ。畑でトラクターを運転しながら、畑やトラクターを画像にとりインスタグラムやツイッターに投稿する人が増えている。

 「どうだ、俺の畑、すごい立派だろう!」「最新鋭のトラクターだぜ!」との自慢のやりとりだ。

 もちろん、「マシーンのこの部分が調子悪いんだけど」と仲間と相談するためにも使われるという。

 ただ、その時に使うスマートフォンのユーザーインターフェースと違い、あまりにトラクターの運転席にある操作盤が武骨すぎると、違和感がある。武骨だからこそプロ的でカッコイイこともあるが、もう少しスマートでもいいだろう、と思うこともあるらしい。

 「B to B分野でもB to Cの感覚を求められていますよね」というセリフがよく聞かれる。上記のエピソードは、こういうセリフの背景を説明している。

 ことはインターフェースに限らず、ビジネス全体の感覚にも及ぶ。イタリアの小麦粉のメーカー、モリーノ・グアイア社は、この距離感を短縮するのに努めている企業だ。

 小麦粉のメーカーである。年商4千万ユーロ、従業員32人、市場は90%が国内、海外はオーストラリア、英国、フランス、ハンガリー、ルーマニア、アラブ首長国といった国々だ。

 同社は1914年の創業だが、三世代目が今世紀に入って進めている路線は見事だ。

 B to Bのビジネスが95%である同社は、5%のB to Cに殊の外、エネルギーを注いでいるのだ。

 一般消費者向けに「ペトラ」というブランドをデザインされたパッケージで販売している。小麦粉という、どこのメーカーであるかさほど消費者が注意を払わないジャンルの製品に、「顔をつけた」。

 ただ、ぼくが感心する点はここではない。「ピッツァ大学」という2006年にスタートしたプロジェクトである。

 ピッツァという料理を多方面の講師が教授する。テクノロジー、医学、料理、店舗経営、コミュニケーションといった分野であり、名の知れた食ジャーナリストやソムリエも参加する。

 質の高いピッツァを世の中に広めるのが目的であるが、ピッツァ職人の質の向上だけが直接のターゲットではない。素人にも教える。この趣旨がふるっている。

 「世の中にはピッツア世界チャンピオンを掲げたピッツァ屋がたくさんある。が、多くはイタリア料理を代表したピッツァとは言い難い。単なるアイデアの競い合いだ。グルメが新しいと称するピッツァは、表面に珍しい具がのっているだけだ。大切なのは有名なピッツァ職人の手によるピッツァかどうかではない。

我々の狙いは、市場で味も経済的にも正当な評価を受けるレベルのピッツァとは何かをはっきりさせ、消費者がピッツァ職人に意見を示すことができる道筋を用意することだ」

 上記は彼らのサイトの文章を一部要約した。挑戦的だ。一見すると消費者団体の宣言文かと見間違える。

 普通、消費者には顔を出さないメーカーがピッツァ文化を新たに創造しよう、というのだ。日本の日清製粉のサイトを見ると、パンや菓子の一般向けの教室を主宰しているが、このように強いメッセージ性はみられない。

 ピッツァ大学のコースでは、小麦粉の練り方から焼き方まで、あるいは売り方から店舗経営までのノウハウを教える。注目すべきは、そうしたプロセスの一つ一つを画像にとってソーシャルメディアなどにアップしていく、コミュニケーションの方法まで教授することだ。

 この範囲まで手を伸ばさないと文化を作り上げることは難しいことを自覚し、自分たちの手で着実にノウハウを蓄積しながらコミュニティを形成している。まさにB to BとB to Cの世界を包括したアプローチといえる。

 B to BとB to Cのアプローチに分析的になり過ぎず、あまりチマチマとやらないことが一番かもしれない。モリーノ・グアイア社の活動をみていると、そんな気になる。(安西洋之)

【プロフィル】安西洋之(あんざい ひろゆき)

上智大学文学部仏文科卒業。日本の自動車メーカーに勤務後、独立。ミラノ在住。ビジネスプランナーとしてデザインから文化論まで全方位で活動。現在、ローカリゼーションマップのビジネス化を図っている。著書に『世界の伸びる中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』 共著に『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? 世界で売れる商品の異文化対応力』。ローカリゼーションマップのサイト(β版)フェイスブックのページ ブログ「さまざまなデザイン」 Twitterは@anzaih

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