18年のゼロ金利解除 日銀、政府の反対振り切る 金融政策決定会合の議事録公表 福井総裁「続ける理由乏しく」
日銀は20日、平成18年7~12月の金融政策決定会合の議事録を公表した。日銀は同年7月、早期の利上げに慎重だった政府側の「待った」を振り切って、約5年4カ月ぶりにゼロ金利政策の解除に踏み切った。世界的な好景気を背景に、金融政策の正常化を急ぐ日銀の姿が浮き彫りになった。
日銀は18年7月13~14日の会合で、短期金利の誘導目標を従来の0%から0・25%に引き上げることを決めた。会合の前に発表された5月の消費者物価指数(生鮮食品を除く)が前年同月比0・6%上昇するなど、経済・物価情勢が好転していたことに加え、市場で利上げ観測が高まっていたためだ。
福井俊彦総裁は「これまでの政策金利水準を維持し続けると、将来、経済・物価が大きく変動する可能性、リスクにつながる」と主張。福間年勝審議委員は「異常な状況において採用してきたゼロ金利政策をこれ以上続ける理由は乏しくなっている」と指摘した。
これに対し、政府代表の出席者からは「ゼロ金利政策の解除については、必ずしも急ぐ必要はない」(赤羽一嘉財務副大臣)などと反対意見が上がった。
日銀はこれを押し切る形で、ゼロ金利の解除を全会一致で決めた。だが、直後の8月には物価指数の基準改定があり、物価は下方修正された。その後の会合では、追加の利上げのタイミングをめぐって意見が交わされ、追加利上げは翌年2月まで持ち越された。
20年にはリーマン・ショックが世界経済を直撃し、日銀は再び量的緩和策に回帰した。ゼロ金利解除が早過ぎた形で、SMBCフレンド証券の岩下真理チーフマーケットエコノミストは「このときの判断が現在の大規模な金融緩和の起点になったともいえる」と指摘する。
当時、金融市場局長だった中曽宏副総裁は20日、記者団の取材に応じ、「(大規模緩和の)出口戦略を委ねられる中で、どのように安定的に量を縮小させることができるかを考えてきた。今後も役に立つ経験だと思っている」と振り返った。(米沢文)
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