美しいと思う風景は記憶や経験が作る。富士山を美しいと愛でるのは、無駄を排除することに拘る美学やニッポンへの思いを重ね合わせて見るからだ。
世界一美しい山などない。あるとすれば観光誘致策がつくったスローガンに過ぎない。工業製品にも同じことが言える。
ヨーロッパでも日本車の評価は高い。特に品質トラブルの少なさを褒める。しかし、例えばブレーキの効きについては不満の声も聞こえる。ヨーロッパの使用状況にあわせチューニングされているが、150キロを超えて走るクルマには物足りなさが残る。
その反対に車内の軋み音にヨーロッパのユーザーは鷹揚だ。ちょっとギシギシいっても頓着しない。だが、日本のメーカーはこの点を物凄く気にする。日本人はノイズに敏感なのだ。
世界一値段の高いクルマや速いクルマはあるが、世界一良いクルマはない。このように日常生活の細部から荘厳な山のカタチに至るまで、「世界一などないもの」に囲まれている。
一方でランキングに一喜一憂するのが世の中だ。うまく活用している参考がヨーロッパにある。一般的に生活の質の世界ランキングで上位を占めるのは北ヨーロッパの国々だが、ランキングの指標を作っているのがそれらの国の機関であることが多い。
いわば「出来レース」だ。