「中国は大豆の自給をあきらめた。今や世界各国の総輸入量の6割以上を中国一国が占める。安定供給基地としてブラジルに目をつけ、ブラジルも中国の需要に積極的に対応してきた」
資源・食糧問題研究所代表の柴田明夫(62)はこう語る。勢いを増す爆食の受け皿国はブラジルしかなく、その存在がなければ中国の食は破綻していた。そしてブラジルを農業大国に押し上げたのは日本だった。
日本が育てた大地
栄養分が抜け落ちた強酸性の「出がらし土壌」が広がり、見捨てられていたブラジルの熱帯サバンナ「セラード」。日本の国土の5・5倍にも及ぶ不毛の大地は70年代以降の革新的なプロジェクトで豊潤な大地へと変貌を遂げた。
「ブラジル緑の革命」などと称賛されるセラード農業開発は、日本政府と民間が資金面や技術面で支えた政府開発援助(ODA)の代表的な事業だ。セラードに集団入植した日系人の血のにじむ労苦もあった。20年間も事業に携わり、「セラードの生き字引」と呼ばれる国際協力機構(JICA)客員専門員、本郷豊(65)は強調する。
「セラード開発には人々の努力はもちろん技術的、制度的イノベーションがあり、日系人の優秀な農家がいた。制度がなければ新しく作ってやろうという気概を持つ人たちも続々と出てきた。だからこそこれだけのことが成し遂げられた」