ノンフィクション作家青樹明子【拡大】
北京で私の住んでいたアパートは、中国外務省の近くである。しかし、タクシーの運転手ならともかく、普通の中国人に「中国外務省の近く」と言ってもピンと来ないらしい。そこで、「丸亀製麺の隣よ」と言い直すと、「ああ、あそこね」と、だいたい納得してくれる。
丸亀製麺とは、讃岐うどんのチェーン店である。北京第1号が開店した日は長い行列が出来、30分から1時間待ちだったそうだ。尖閣国有化問題による反日デモの最中も、丸亀製麺は「特に敏感な日」を除き、普段通り営業していた。世界中のオフィス街で見られるランチタイムの行列と、傍らで警備にあたる警察との対照的な光景は、まさに中国の今を象徴する。
このように、政治の衝突を超越するほど大人気の日本料理だが、正しい日本の味と日本文化を伝える店はもちろん数に限りがある。大部分は、中国人による、中国人のための「日式レストラン(餐廳)」だ。
中国語で「日式」といえば、「日本風の」という意味で、時に奇妙なメニューが登場する。
◯◯家という日本料理店のカツどんは、玉葱と共に、ピーマン、ニンジンなど日本では絶対入らない野菜が混じる。しかもご飯は大量のだし汁でお茶漬け状態、スプーンで掬(すく)って食べなければならない。
松◯◯という日本料理店では、お刺身とお好み焼き以外は、ビビンバやチヂミ、チゲ類が大半を占める。韓国料理と日本料理が混在する「日式餐廳」だ。
「日式餐廳」の多くは、日本の雰囲気を演出するのに工夫を凝らす。日本人形が飾られ、障子がはまり、奴凧が天井に舞う。確かにこれは日本文化だ。
しかし受け入れ難いのは、従業員のコスチュームである。正統派の和服は少なく、大部分は浴衣か化学繊維の簡易風着物である。お太鼓を模しているのだろうか、四角いボール紙に布を貼りつけたものを背負っていることもある。