満鉄調査部は日露戦争後の1906年に誕生した南満州鉄道(満鉄)の調査部門で、日本のシンクタンクの源流といわれる。初代総裁の後藤新平の肝煎りで満鉄設立の翌年に設置された。台湾の民政長官から満鉄総裁に転じた後藤は植民地経営のプロとして、満州統治のためには「文装的武備」が必要だとした。
軍事力一辺倒では植民地統治はできず、文化や社会を深く理解したうえで現地の人々に畏敬の念を植え付けるような働きかけをすることが必要だというものだ。現在のソフトパワーの議論を先取りしたものといえる。そのための知的な基盤として生まれたのが満鉄調査部だ。
劉氏は中国にも投資対象国を深く知る姿勢が必要だと主張し、欧米に偏っている国費留学生を「一帯一路」沿線国に振り向けることを提唱する。具体的には年間200~300人の大学院生を公募して海外派遣し、現地調査に当たらせるというのだ。
中国企業の海外進出は強引にカネにものをいわせる印象が強い。そうした路線の修正を図っているようだが、参考にするのがかつて自国の植民地化を進めた満鉄というのは歴史の皮肉だ。
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【プロフィル】西村豪太
にしむら・ごうた 「週刊東洋経済」編集長代理 1992年に東洋経済新報社入社。2004年から05年まで北京で中国社会科学院日本研究所客員研究員。45歳。東京都出身。