
量的金融緩和策の解除を決定した2006年3月9日の金融政策決定会合後、記者会見する日銀の福井俊彦総裁(当時)=日銀本店【拡大】
これに対し、中原真審議委員は「(消費者物価の)プラス基調が安定的に定着したと判断するのはやや躊躇(ちゅうちょ)を感じており、解除を急ぐメリットはない」と反論した。
政府と日銀の“温度差”も深刻化。当時、政府高官は記者会見などで「デフレが続いている」として緩和継続の必要性を唱えていたが、水野氏は会合で「政治的な圧力が強いときは、日銀は自主的に金融政策を決定できないという誤解を与えかねない」と反発した。
政府側の出席者が「政府内部の意見を調整する必要がある」と一時中断を求めるハプニングも発生。29分後に再開されると、「判断を尊重する」と理解を示した上でゼロ金利の継続を求めた。結局、9人の会合メンバーのうち、反対票を投じた中原氏と欠席1人を除く7人の賛成で5年間の量的緩和策に終止符が打たれた。
現在と重なる難題
緩和解除後を見据え、前年から議論されてきたインフレターゲット(物価目標)について、須田美矢子審議委員は「日銀の目標ではなく、各委員の(目安としての)理解であることを共有できなければ公表には反対」と主張。結果的に「1%を中心とする0~2%程度」とあいまいな表現にとどまったものの、中長期的に望ましい物価上昇率を初めて示した。