ところが日銀はこれを押し切る形で、ゼロ金利の解除を全会一致で決めた。直後の8月に物価指数の基準改定があり、物価は下方修正される。その後の会合では、追加の利上げのタイミングをめぐって意見が交わされていた。
結局、追加利上げは翌年2月まで見送られた。08年にはリーマン・ショックが世界経済を直撃し、日銀は再び量的緩和策に回帰する。低金利政策からの脱却にもがく姿は今の「黒田日銀」の姿とも重なる。SMBCフレンド証券の岩下真理チーフマーケットエコノミストは「基準改定前の統計を見て正常化を判断したことは責められない」としながらも、「このときの判断が現在の大規模な金融緩和の起点になったとも言える」と見る。
当時、金融市場局長だった中曽宏副総裁は20日、都内で記者団の取材に応じ、「当時、出口戦略を委ねられる中で、どのように安定的に量を縮小させていくことができるかを考えてきた。どういう手段を用いるか、市場はどう反応するかなどは今後も役に立つ経験だと思っている」と振り返った。