【専欄】衣食足りて“胡同”へ戻る? ノンフィクション作家・青樹明子

 先日北京で、友人が取り壊し寸前といった胡同の一角にあるレストランに連れて行ってくれた。お昼時だったが、最低1時間は並ぶという。ここは私営レストラン第1号で、すでに約40年の歴史を持つ。昔ながらの家庭料理が提供され、流行のきらびやかな店では味わえない懐かしい味を楽しむのだそうだ。

 このところ、人々の心に“胡同”が復活している。今年の秋、「情満四合院」というテレビドラマが高視聴率を取り話題になった。60年代から90年代を舞台に、北京・四合院での人間模様を描いた物語である。四合院とは、中国北方地方の伝統的建築で、主に胡同と呼ばれる狭い路地に建つ。中庭を囲み、東西南北の四面に部屋が並ぶ。もともとは富豪の住宅だったが、新中国建国後は庶民が集まって暮らす集合住宅となった。日本で言う長屋のようなものである。プライバシーはないが、人情があるというのが一般的なイメージだ。

 胡同の四合院は、北京オリンピックを境に次々と壊されていった。人々は、郊外の新築アパートへと立ち退きを余儀なくされ、胡同と四合院の世界は、人々の生活から消えつつあった。

 そんななか人々は「情満四合院」に何を見たのだろう。

 主人公は、工場の食堂で働く調理師である。“●柱(田舎者)”ではあるが、常に公平公正、法を犯さず、人情に厚いという“無名の人”だ。

 劉家成監督は、メディアの取材にこう答える。

 「社会の進歩は実に速く、人々は落ち着きを失っている。このドラマを通じて、一度歩みを止め、物質の豊かさを追求するあまり、かつて人々が持っていた“善良性”“純真さ”を失ってしまったのではないかということを、思い返してほしい」

 最近、メディアである動画が話題になっている。

 某地方都市でのこと。雨の降る中、一人の高齢女性が横断歩道を渡ろうとしていたが、信号がないため、渡ることができない。その時一台の車が止まり、女性を渡らせようとした。だが、左右を走る車はかまわず通行し、相変わらず女性は渡れない。20秒ほど後、最初に止まった車は向きを左に変え、2車線に跨る形を取り、後続車の通行を遮って、彼女を渡らせたのである。その行為は人々の感動を呼び、テレビのニュースでも取り上げられた。

 四合院に象徴される人情厚き過去の時代。物質文明の進歩と反比例するかのような過去への憧憬は、どの国にも共通する思いである。

●=俊のムが白の中の一がメ