【視点】計測されないGDP 企業のデジタル化で価値創造

 □産経新聞編集委員・松岡健夫

 内閣府は14日、2017年10~12月期の国内総生産(GDP)速報値を発表する。民間シンクタンクによる事前予測の平均は、物価変動を除いた実質で年率0.8%増。実現すれば16年1~3月期から8四半期連続のプラス成長となる。直近の統計である17年12月をみると、鉱工業生産指数速報(10年=100)は106.3となり前月比2.7%上昇、リーマン・ショックの影響が広がる前の08年10月以来9年2カ月ぶりの高水準。有効求人倍率も前月比0.03ポイント上昇の1.59倍と実に1974年1月(1.64倍)以来43年11カ月ぶりという。

 経済指標はおおむね良好で、企業業績も好調だ。にもかかわらず街中では「景気がいいという実感はない」との声が多い。このギャップはどうして生まれるのか。賃金の伸びが停滞し、消費を押し上げる力が足りないからだろう。その意味でいうと、景気拡大の裾野を広げるには賃金上昇が欠かせない。今春闘での3%賃上げ実現が鍵を握ることになる。

 しかし賃金水準が伸びていない割には日本人の生活実感が低下しているわけではない。GDPに反映されない“実感”があるようだ。

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 野村総合研究所(NRI)が97年から3年に1度実施している「生活者1万人アンケート調査」が面白い。「世間一般から見た自分の生活レベルに対する意識」の推移をみると、自分の生活レベルは「上」あるいは「中の上」という回答が2000年代の後半以降増加。その一方で、「中の下」「下」は顕著に低下している。

 その理由を聞くと「インターネット上に登場してきた無料のサービスを利用することで生活が便利になった」「ポイントやマイレージをためて活用するなど、生活の工夫ができる機会が広がった」「インターネットなどで生活情報、お得情報を集めることで、賢い消費ができるようになった」という回答が多い。インターネットなどをうまく使いこなすことで「買って良かった」「お買い得だった」と感じる消費者が増えていることが分かる。

 この消費者余剰を加味して経済指標を試算すると、経済成長率(07~15年の平均値)は従来の0.3%から0.7%と約2.3倍に伸び、GDPは500兆円から542兆円と約8%増える。従来の経済政策はGDPや労働生産性などの指標を基に議論されているのだが、消費者余剰はGDPに反映されない。消費者目線で見た場合、GDPには表れないデジタル化のプラスの影響があるとはいえ、増大する消費者余剰を加えた数値の方が実感に合うのではないかとNRIは指摘している。

 ただ賢い消費、言い換えると生活の質の豊かさを享受するには高いIT活用レベルが求められる。景気に対する実感の違いはデジタル化の恩恵を受けているかどうかの違いでもある。スマートフォンやタブレットに切り替えられない携帯電話ユーザーなどの景気実感は良くないといえそうだ。

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 企業も好業績の割には先行きに対する慎重姿勢を崩していない。消費者余剰によって需要は拡大しても、価格低下の方が顕著なため生産者余剰は削られている。企業利潤が減少すれば設備投資は抑えられ、雇用者所得は伸び悩む。そうなると法人税は減少し、政府支出に影響を与えかねない。消費者レベルではコスト低下による低価格化を歓迎できても、マクロレベルでは経済の均衡縮小というリスクが発生するなど副作用は大きい。

 こうした合成の誤謬(ごびゅう)を避けるには、お買い得を実感した消費者はデジタル化がもたらした新しい価値を認める必要がある。つまり価値向上に見合った価格での購入だ。一方で、企業にはデジタル化による新しい価値創造が求められる。魅力的な製品・サービスの提供だ。

 これにより消費者、企業ともにウィンウィンの関係を再構築することができれば、企業は利潤を将来の成長をもたらす研究開発や最新設備の導入などに振り向けたり、賃上げに回したりすることができる。経済の好循環を生むのは確かで、安倍晋三政権が目指す消費主導型によるデフレ脱却にもつながる。