在職老齢年金 政府、廃止視野に見直し 高齢者の労働意欲そぎ経済損失

 現役並みの所得がある高齢者の年金支給を減額する在職老齢年金制度について、政府が制度の廃止も視野に見直しを行うことが17日、分かった。2020年の通常国会で厚生年金保険法など関連法の改正を目指す。少子高齢化により生産年齢人口の減少が予想される中、政府は健康な高齢者に働き続けて社会の支え手になってもらおうと考えており、高齢者の労働意欲をそぐとの指摘がある同制度について抜本的に見直す。

 ◆20年に改正法案提出

 国は年金財政の検証・見直しをする「財政検証」を5年に1回実施しており、来年が検証の年に当たることから同制度の検証も行う。その後、厚生労働省社会保障審議会年金部会での議論を経て、20年の通常国会に改正法案を提出する。実際の新制度への移行時期は、日本年金機構のシステム変更なども必要なため成立から1~2年後になる見通し。

 在職老齢年金は60歳以上の厚生年金受給者で、就労による収入が一定の水準以上ある場合、厚生年金の一部か全部の支給を停止する制度。65歳以上だと賃金と年金の合計額が46万円を上回る場合、60~64歳は28万円を上回る場合、上回った額の2分の1が年金から減額される。

 現役並みの収入がある高齢者には年金支給を一定程度我慢してもらうという制度だが、働けば働くほど年金が目減りする制度ともいえ、政府・与党内からも見直しを求める声が上がっていた。

 在職老齢年金制度について、政府が廃止を含め見直しを検討するのは、同制度により年金の支出は年1兆円程度抑制できている一方、高齢者の労働意欲をそぐことによる経済損失の方が大きいと考えられているためだ。ただ、同制度と労働意欲とは無関係とする研究もあり、廃止したが経済的な効果は不十分なうえ、年金財政が悪化するといった事態も想定される。

 「在職老齢年金制度の意味合いは、創設時とは大きく変わってきている」。ある政府関係者はそう語る。

 ◆制度の意義は変遷

 同制度はもともと、在職中は年金を支給しないことが原則だった1965年に、高齢者の多くが賃金だけで生活するのは困難だったことから、働く高齢者にも支給される特別な年金として創設された。しかし、少子高齢化が進む中、現役世代の負担を軽くするためのものへと制度の意義は変遷してきている。

 ただ、政府が考えるように、同制度の見直しが高齢者の就労を促すことにつながるかは不透明だ。労働政策研究・研修機構が2009年に55~69歳の男女約3600人を対象に行った調査を基に分析した慶応義塾大の山田篤裕教授も「在職老齢年金制度と労働意欲との間に因果関係はあまりないのではないか」と語る。山田教授の分析では、高齢者の就労意欲に「年齢」や「健康状態」などの要因は影響を与えていたが、「年金の受給資格」は一部の年齢を除いて無関係だったからだ。

 明確な理由は不明だが、同制度で年金が目減りするのは現役世代よりも収入が多い層のため、「お金」よりも「やりがい」や「社会的責任」などを理由に仕事を続けていることが背景にあるとみられる。

 制度を廃止することで得られる経済効果を分析した公的なデータはなく、厚生労働省の担当者も「実際にやってみないと分からない」と話す。年金財政を悪化させ、負担を将来に先送りするような制度改悪にならぬよう、慎重な議論が求められている。(蕎麦谷里志)