【社説で経済を読む】陸上イージス、導入見送り論の浅はかさ

トランプ米大統領(右)とポンペオ国務長官。ポンペオ氏の訪朝中止で北朝鮮の非核化の行方は視界不良だ(AP)
トランプ米大統領(右)とポンペオ国務長官。ポンペオ氏の訪朝中止で北朝鮮の非核化の行方は視界不良だ(AP)【拡大】

 □産経新聞客員論説委員・五十嵐徹

 2019年度予算の概算要求がまとまった。なかでも注目されるのが陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」だ。政府は昨年12月、北朝鮮の核・ミサイル開発の脅威を理由に導入を決めた。

 だが、今年6月には米朝首脳会談が行われたことなどから、朝鮮半島の緊張は緩和されつつあるとし、一部メディアでは導入見直し論が勢いづいている。

 いち早く社説で見直しを求めたのは朝日新聞だ。8月1日付で「導入ありきは許されぬ」との見出しで、「ようやく芽生えた緊張緩和の流れに逆行するだけではない。費用対効果の面からも、やはりこの計画は、導入の是非を再考すべきだ」と主張した。

 政府はイージス・アショアを秋田市と山口県萩市に計2基配備する計画だ。ところが、当初は1基当たり800億円程度とされた見積もりが、ことし7月30日の発表では1340億円へと一気に7割も跳ね上がった。

 価格や納期は米政府の有償軍事援助(FMS)に基づく。いわば米側の“言い値”での購入になるが、導入後の教育訓練や30年間の維持運用の経費などを加えると、総額は2基で4664億円になるという。

 日経は8月27日付社説で、「予算が成立すると急に増額が必要になるのは公共事業にありがちな話だが、ここまでの値上がりは極めて異例だ。見積もりが甘かったのではないか」と指摘する。

 8月20日付読売社説も「防衛省のこれまでの対応は稚拙さが否めない」と見積もりのずさんさを責めている。安全保障は金額では測れないが、批判は理解できる。

 「貿易赤字を減らすため米国製の兵器購入を迫るトランプ大統領の要求に手っ取り早く応えられるのが陸上イージスだったのだろう」(8月7日付毎日)とみられてもやむをえまい。

 ◆危機認識の差大きく

 これに対して産経は、「日本をとりまく安全保障環境を考えれば、弾道ミサイルや巡航ミサイルの脅威が消えうせることは当面考えられない。飛来するミサイルに核兵器や化学兵器が仕込まれていれば大惨事となる」(8月2日付)とイージス・アショアの有用性を認め、早期導入を支持する考えだ。

 朝日と産経の見解を大きく分けるのは、日本の周辺環境に対する危機意識の違いだろう。

 「南北首脳会談や米朝首脳会談を経て、東アジア情勢は新たな局面に入っている」と見る朝日は、「米国に向かう弾道ミサイルの追尾情報を提供することになれば、米本土防衛の一翼を日本が担うことにもなる」とも述べている。日米同盟の位置づけを完全に誤っている。

 朝日はまた、「近隣諸国との関係に与える影響を、冷徹に分析しなければならない」とも述べている。「近隣諸国」とは具体的にどこを指すのかは不明だが、まさか、この30年で軍事費を50倍にも増やしてきた中国を含むと言うのではあるまい。

 北朝鮮の核・ミサイルについては、8月28日に公表された2018年版防衛白書も「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」と明記し、前年の「新たな段階の脅威」から表現を強めた。

 白書は、北朝鮮が日本のほぼ全域を射程に収めるミサイルを数百発も保有・実戦配備している現実を指摘。昨年9月に強行した6回目の核実験、その後の日本周辺への弾道ミサイル発射に危機感を表明している。軍事活動を活発化させる中国の動向にも強い懸念を示した。

 非核化をめぐる米朝間の協議も先行き不透明なままだ。先ごろ予定されていたポンペオ米国務長官の訪朝も直前にキャンセルされた。

 イージス・アショアはイージス艦搭載の迎撃ミサイルシステムを陸上配備型にしたものだ。日本に向かう弾道ミサイルを新型の高性能レーダーで捉え、撃ち落とす。

 探知距離は千数百キロとイージス艦の倍以上ある。乗組員の休養や訓練、艦船の補修のための定期的寄港も不要だ。要員の負担軽減は「24時間365日の常続的な任務態勢」を可能にするという。

 ◆費用対効果でも優位

 「外交努力と並行し、最悪の事態を見据え、国民を守る手立てを講じるのが防衛政策の基本」(8月2日付産経)だ。導入見送りの論拠の一つが費用対効果だとすれば、反証材料も十分ある。

 安倍晋三政権は今年末、防衛政策の指針となる「防衛計画の大綱」を5年ぶりに見直し、来年度から5年間の防衛費の総額を定める新しい中期防衛力整備計画を策定する方針だ。イージス・アショアの配備は、弾道ミサイルの発射元をたたく「敵基地攻撃」にも活用できる新型巡航ミサイル「JSM」の導入とともに、その中核をなす。

 「どこからミサイルを撃ち込まれても対処できるシステムの構築は、憲法が認める『専守防衛』に沿うものである。安保環境の少々の変動で左右されるべきではない」(8月27日付日経)のは当然のことだ。