高論卓説

フィンランド福祉国家の実験 ベーシック・インカム政策は可能か

 フィンランドの各地に延びる国鉄の発着地である、ヘルシンキ中央駅から徒歩で2分ほどの距離にヘルシンキ中央図書館(Oodi)はある。ガラスと木材を使った斬新なデザインの3階建てのOodiは、2018年末に開設された。欧米や日本など、都市デザインや起業政策の専門家が、視察に押し寄せている。

 最上階の図書フロアは、サッカー場をひと回り小さくした広さがあり、書架が途切れると、床は緩やかに坂のように上り勾配となって、若者たちが幅の広い階段に寝そべって読書をしている。起業する若者たちを支援しているのが、2階のワークステーションフロアである。3D(3次元)プリンターを利用して玩具のロボットを組み立てたり、大型プリンターを使って新しいデザインの布地を試作したりしているチーム…。

 北欧の人口約550万人の福祉国家は、世界で初めて女性にも被選挙権を認めた成果を持ち、男女共同社会や、経済協力開発機構(OECD)による生徒の学習到達度調査(PISA)の高い水準から教育制度に注目が集まったこともある。Oodiはそうした、福祉国家の実験の歴史に連なる。

 欧州連合(EU)に1995年に加盟、99年にはユーロを導入した、フィンランドは当初、ガラケーで世界を席巻したノキアなどの工業と、農林産業のバランスがとれた「欧州の優等生」だった。ノキアの衰退やリーマン・ショックを受けて、「欧州の病人」といわれる。

 グローバル化によって格差が拡大し、高齢化が福祉国家を揺さぶる。政府純債務の対GDP(国内総生産)比は2014年からEU基準の60%を上回って推移している。ジニ係数(1に近いほど格差が大きい、16年)は0.25と国別では38位だが、上昇傾向にある。人口に占める65歳以上の高齢者(18年)は、5位の21.6%である。

 フィンランドが福祉政策の抜本的な改革の一つの手段として18年から、実験に取りかかったのが、ベーシック・インカム(BI・無条件給付の基本所得)である。同志社大学経済学部教授の山森亮さんによると「現行制度が持つ、収入が途絶えたときの生活保障の基礎部分にあたる。基礎年金や雇用保険、生活保護の大部分は廃止されてベーシック・インカムに置き換わる」。給付について行政の審査が伴わない、無条件かつ個人を対象とする。

 世界で初めての国規模の実験は、失業者から抽出した2000人に対して、2年間にわたって毎月560ユーロ(約6万5000円)を支給した。フィンランド社会保険庁(Kela)が19年2月に公表した中間報告によると、受給者の変化を非受給者と比べると、健康感は増し、ストレスは減少している。しかし、BIの主要な目的である、安心して仕事を探せるので就労率が高まる、という想定は顕著に表れなかった。就労者が増加することによる、福祉予算の縮小は実現できないことになる。Kelaは、20年の最終報告書の作成までに国民的な議論の高まりを要望している。

 「TheEconomist」の調査部門による、「政治民主主義度」の国別ランキングで6位を誇る国民の判断が、BIの世界的な成り行きを決めるといえそうだ。

【プロフィル】田部康喜

 たべ・こうき 東日本国際大学客員教授。東北大法卒。朝日新聞経済記者を20年近く務め、論説委員、ソフトバンク広報室長などを経て現職。福島県出身。

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