20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で米フェイスブックが発行を計画している暗号資産(仮想通貨)「リブラ」の規制を議論するのは、国家が独占する通貨の発行権益を侵犯するのではとの強い危機感が背景にある。特に基軸通貨ドルの覇権を国力の源泉にしてきた米国にとって看過できない動きであり、発表からわずか4カ月で包囲網が築かれつつある。
「ずいぶん大胆な名前をつけたものだ」
6月中旬、フェイスブックのリブラ発行計画を知った国際金融筋は目を見張った。リブラはラテン語で「てんびん」を意味する古代ローマの通貨単位。欧米社会にとって古代ローマは世界帝国であり、その通貨名をあえて掲げたことは「世界通貨」への野望を公言したに等しいと受け止められた。
実際、リブラの事業計画は通貨発行益という国家主権への挑戦といえる。リブラの価値はドルやユーロ、円など主要通貨の銀行預金や国債といった準備資産で担保される予定で、利用者がリブラを買い入れれば運営側は受け取ったお金で同価値の資産を購入する。リブラには付かない金利が金融資産には付くため、これが運営側の収益になる。
こうした仕組みは金利が付かない紙幣などの法定通貨を発行し、金融資産を購入して利益を生む中銀と一緒だ。人々が法定通貨からリブラに乗り換えれば、使われなくなった通貨の発行益はリブラに奪われる。世界で27億人の利用者を抱えるフェイスブックだけに実現した際の衝撃は大きい。
特に準備資産の5割を占めるというドルには脅威となる。基軸通貨であるドルの力が毀(き)損(そん)すれば、覇権国家としての米国の地位にも影響しかねないからだ。このため、リブラに対するアレルギー反応は米連邦準備制度理事会(FRB)が一番強いとの指摘もある。
とはいえ、中国人民銀行がドル覇権に対抗しようと中銀デジタル通貨の発行に向けた研究を急速に進めるなど、通貨のデジタル化は既定路線だ。例えリブラが封じられても第2、第3の挑戦者が現れるのは時間の問題で、世界の通貨制度がいま揺らぎ始めている。(田辺裕晶)