■市場メカニズムと野心引き上げ…次期議長国に重い難題
□WWFジャパン 専門ディレクター(環境・エネルギー) 小西雅子
スウェーデンの17歳の環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんが世界中で話題になる中、スペイン・マドリードで開催された国連の温暖化防止会議(COP25)が2019年12月15日に閉幕しました。各国の意見が対立して2週間の会期を2日間延長し、過去最長のCOPとなりました。
会議の焦点は、積み残されたパリ協定のルールに合意することと、各国の温室効果ガス削減目標を引き上げる機運を強く打ち出せるかでした。夜を徹した2日間の延長の末、ギリギリのところで各国に対策強化のメッセージを打ち出すことはできました。
しかし、パリ協定の残されたルールの中でもっとも注目された市場メカニズムについては合意に至らず、2020年に英グラスゴーで開催されるCOP26に再び先送りされました。
というと、COP25は失敗だったように聞こえますが、市場メカニズムのルールについては先送りがむしろ賢明な選択だった面もあります。このルールの交渉は「京都議定書時代に削減した分をパリ協定で使えるようにしたい」など、パリ協定の抜け穴づくりの交渉でもあったからです。グレタさんは「気候危機に立ち向かうよりも、大人たちはこのCOP25で抜け穴づくりに熱心だ」と本質をつく糾弾をしていました。
◆パリ協定6条について
「市場メカニズム/非市場メカニズム」(パリ協定6条:協力的アプローチ)とは、2カ国以上の国が協力して温室効果ガスの排出削減対策を実施した際、その削減分を国際的に取引する仕組みです。6条には、多様な国別目標を持つ国々の参加を想定して、3種類の異なる仕組みがあります。
そのルールづくりを誤れば、パリ協定の下での各国の削減目標に抜け穴が生じることになり、それでなくてもパリ協定の目標(2℃目標)に達していない各国の削減目標がさらに不十分なものになってしまいます。
■特に紛糾した2つのポイント
6条の主なポイントは4つありますが、本稿では特に注目された2点について報告します。
(1)排出量の二重計上
(ダブルカウンティング)
例えば、A国で10トン削減した分を、B国に移転する(B国が削減したとみなす)場合、双方が10トン削減したとして計上すると、削減量を二重計上することになります。そうなると、世界全体の削減量を実際より多くカウントすることになり、排出量が実際より過小に計算されてしまいます。そこで、削減した相当分を二国間または多国間で調整し、二重計上を防ぐルールが必要になります。「相当調整」と呼ばれるこのルールをいかに厳格化するかをめぐり、各国の意見が激しく対立しました。
特にブラジルが、6条4項には相当調整を適用すべきではないと主張し、欧州連合(EU)や小さな島国連合など他の途上国の説得を聞き入れませんでした。会期を過ぎて出された最後の議長案では、国別目標に含まれない範囲の削減量に限り、ある一定期間のみ二重計上を許す妥協案が提示されましたが、合意に至らず、COP26に先送りされました。(2)京都議定書下のクレジットを使えるようにするか
もう1つのポイントが、2008年から実施されている京都議定書下のクレジットを、パリ協定でも使えるようにするかでした。京都議定書の下で、初めて国を超えて削減量(排出クレジット)を国際移転する仕組みができましたが、各国が容易に削減目標を達成できたため、多くの排出クレジットが未使用のまま残っています。その未使用クレジットを、パリ協定の下でも使えるようにしたいと、クレジットを多く持つブラジルやインド、中国、オーストラリアが強く主張したのです。
もし使えることになれば、それでなくても各国が目指す削減量がパリ協定の目標に対して不十分なのに、ますます不十分なものになってしまいます。そのため、ほとんどの国が反対しました。
なんとか妥協点を探ろうと、会議終盤に矢継ぎ早に議長案が3回出されました。最初の議長案(12/13版)では、大きく「使用不可」と「期限の条件付きで使用可」とする2つの選択肢が示されました。続く12/14版では、使用不可が消え、「期限(2023年)などの条件付きで使用可」、さらに使われなかったものは「保管庫」という案が提示されました。
2019年12月14日の日の夜には、危機感を募らせたコスタリカをはじめとする31カ国が、厳格な市場メカニズムのルールを求める声明を発表し、抜け穴づくりをけん制しました。
最後の12/15版では、6つの条件を満たした場合に限り、京都クレジット(CER)を使用可とする案が示されました。しかし、CERの使用期限が2023年から2025年に伸び、そのCERを生むプロジェクト(CDM)の登録期限も「今後のパリ協定会議で決定される」と期限が消えていました。
一定の条件と期限付きで、京都議定書時代のクレジットをパリ協定でも使えるようにし、さらに条件外のクレジットについても将来の議論次第との含みまで持たせた妥協合意案でしたが、最終的に合意は流れ、COP26に持ち越されました。
◆COP26に難題持ち越し
最終局面では、日本が合意をまとめるため積極的にブラジルや議長国チリ、使用可に反対するEUへ妥協案を働きかけたと言われています。日本は、自ら実施している二国間クレジット制度のため6条の合意を強く望んでいたと思われますが、先送りされました。
抜け穴を許容する妥協案について、筆者は先送りのほうが賢明だったと考えます。パリ協定の実施に必要なルールはすでに合意しており、6条で合意しなくてもパリ協定には大きな影響はないからです。
強いリーダーシップが期待されるCOP26議長国の英国に、もっとも重要なパリ協定の野心引き上げとともに重い難題が持ち越されました。
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【プロフィル】小西雅子
昭和女子大学特命教授。法政大博士(公共政策学)、ハーバード大修士。民放を経て、2005年から温暖化とエネルギー政策提言に従事。