海外情勢

「銀行強盗が頭取に」中国のWIPOトップ就任許さず 米国など巻き返し

 特許や商標など知的財産の保護と利用促進をはかる国連の専門機関、世界知的所有権機関(WIPO、本部ジュネーブ)の次期事務局長を決める選挙が4日に行われ、米国などが推すシンガポール特許庁長官のダレン・タン氏が、中国出身の王彬穎WIPO事務次長を決選投票で破って勝利した。選挙前は王氏のリードが伝えられていたが、「(中国人トップ就任は)銀行強盗が頭取になるようなもの」(米メディア)など中国の知的財産侵害を批判する米国が欧州各国などとともに反対キャンペーンを展開、中国人トップ就任を阻止した格好だ。

 「(選挙結果は)知的所有権やWIPOの完全な独立性を守る重要さを明確に示した」

 決選投票後、米国のブレンバーグ・ジュネーブ国際機関代表はこう語った。83カ国が投票し、タン氏は55票を獲得、王氏は28票にとどまった。日本も特許庁出身の男性候補を取り下げ、米国と足並みをそろえた。

 「鶏小屋にキツネを放つより悪い」「銀行強盗が頭取になるようなもの」(米紙ワシントン・ポストのコラムニスト、ジョシュ・ロギン氏)

 王氏のリードが伝えられはじめた1月以降、米国や英国のメディアには王氏当選を危惧する記事や寄稿が相次いで掲載された。 

 通商担当のナバロ米大統領補佐官は英紙フィナンシャル・タイムズに寄稿し、「米当局が摘発した偽造品の85%に中国は関与しており、知財侵害で米経済には年間2250億ドル(約24兆円)から6千億ドルの損失が出ている」と具体的な数字を挙げて批判、「中国にWIPOを支配させるな」と主張した。

 「結果を聞いて安堵した」と語る元国連幹部は「中国がWIPOのトップになれば知財をめぐる機微な情報がそのまま中国政府に流れる恐れがあった。中国出身者がスタッフとして多数採用される展開もあり得た」と語る。

 米代表も指摘するようにすんでのところで世界の知財環境は守られた形だが、中国はこの数年、国際機関のトップを続々と手中に収めている。

 WIPOをはじめ、15ある国連の専門機関のうち、国連食糧農業機関(FAO)、国際民間航空機関(ICAO)、国際電気通信連合(ITU)、国連工業開発機関(UNIDO)の4つの組織のトップを中国出身者が占める。

 これらの組織では加盟国の選挙でトップを決めるが、中国はアフリカなどの途上国に債務免除や経済支援を打診し、集票に結び付けてきた。

 そもそも国際機関の役割はルールに基づいて各国の利害を調整し、国際社会の利益をはかることだが、中国出身のトップには自国の利益をむき出しにした言動が目立つ。

 民間航空の安全運航などを目指すICAOは、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、台湾を世界保健機関(WHO)から排除していることに批判的な見解を投稿した米研究者らのツイッターのアカウントをブロックし、物議をかもした。

 ITUの趙厚麟事務局長はITUと中国の巨大経済圏構想「一帯一路」との連携強化を公然と主張。中国の通信大手、華為技術(ファーウェイ)を米国の批判から擁護する発言もしている。

 元国連幹部は、国際機関のトップになるメリットについて「情報の入手だけでなく発信もできる。中国はルールや基準を決めることができる組織に特に関心を持ち、アプローチしているようだ」と解説する。

 国際機関を足場に自国に有利なルール作りや情報発信をしたいとの思惑が透けてみえる。

 その半面、「経済力を持つ中国を組織に抱き込んでおいたほうが得策」との考えも関係者の一部にあるのも事実だ。

 世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は新型コロナウイルスの感染拡大をめぐって中国の対応を絶賛する発言を繰り返して論議を呼んだ。テドロス氏の出身国のエチオピアは「一帯一路」の要衝とされ、中国から多額の投資を受けている。

 中国に比べ、かつて国連教育科学文化機関(ユネスコ)や経済協力開発機構(OECD)のトップを輩出した日本の影は薄い。専門機関の日本人トップはゼロだ。

 関係者は「来年はユネスコ、再来年はWHOやICAOの事務局長選挙がある。日本も独自候補を擁立するなど戦略をもって臨むべきだ」と話している。(論説委員 長戸雅子)

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