共産党の一党支配が続くベトナムで、プロパガンダ(政治宣伝)アートが新型コロナウイルス対策に一役買っている。鮮明な色使いの絵画と簡潔な標語で、感染抑止策を後押し。作品を提供する画家は「コロナとの闘いは戦争。われわれは絵筆を武器に闘っている」と強調する。
プロパガンダアートは党や政府による国民向けの宣伝や教育の手段。ベトナム戦争中は戦意高揚や団結を訴え、戦後も党や軍の創立記念日など節目には欠かせない。経済発展や社会問題を取り上げた作品もあり「ユニークな芸術だ」として外国人にも熱心な収集家がいる。アジアでは中国や北朝鮮でも発達した。ベトナム政府は3月、新型コロナ対策のプロパガンダアートコンテストを開催し、14作品が入選。報道によると、入選作はポスターとして少なくとも計70万枚印刷され、各地に配られた。
入選作の一つ、首都ハノイ在住の70代画家、チャン・ズイ・チュックさんの作品は、少数民族タイの母子を取り上げた。登校前の女児に母親がマスクを着ける構図。「疫病を防ぐためにマスクを着け、せっけんで手を洗おう」との標語付きだ。
チュックさんは1960年代から地方の役所で文化振興を担う傍ら、絵画を描いてきた。プロパガンダアートの仕事は2004年の退職後に本格化した。アトリエには国内の政治行事や外交に絡んだ作品が並ぶ。
今回のコンテストは、告知から締め切りまでわずか5日間。面食らったものの「緊急事態でもあり、ほかの仕事は脇に置いて集中した。少数民族を取り上げたのは社会全体の団結を訴えたかったからだ」と語った。
ベトナムは国境を接する中国への警戒心が伝統的に強く、新型コロナ対策も素早かった。2月初旬から外国人の入国を順次停止し、国内では感染者の隔離と濃厚接触者の追跡を徹底。市民の外出制限も一時実施した。
一方、数人の感染者が出たとして1万人規模の村を全面封鎖するなど、時に強権的にも映る手法は「他国には簡単にまねできない」(外交筋)とも指摘される。
「全ての国民は感染予防の戦線に立つ兵士だ」。グエン・スアン・フック首相は3月下旬、携帯電話の一斉メールで国民に協力を呼び掛けた。チュックさんは「この年になっても、絵描きとして国や社会に貢献できることを誇りに思う」と話した。(ハノイ 共同)