高論卓説

泉佐野市の“実情”を知らなかった総務省、良識任せがミス招く

 地方自治法は、1999年7月に地方分権改革を目指して、大きな改正が行われた。この改正によって機関委任事務は廃止され、国と地方自治体の関係は「上下・主従」から「対等・協力」へと転じたはずだった。だが、総務省は、いまだに地方自治体を旧態依然の関係だと錯覚していたかに映った。

 先日、大阪府泉佐野市が、ふるさと納税制度から外されたことを不服として総務省を訴えた訴訟で、最高裁は高裁の判決を覆して泉佐野市に軍配を上げた。私は泉佐野市の出身で、当初からこの裁判に注目してきた者である。

 泉佐野市が、ふるさと納税制度を活用するにあたり、なぜ血潮を沸かす必要があったのか。住民や関係者でなければ理解できなかったかもしれない。総務省は、泉佐野市の実情を十分に把握せず、2018年度寄付総額の約10%の498億円を1市だけで占めたため、「身勝手だ」(当時の石田真敏総務相)と捉えた。北海道夕張市に次いで財政が逼迫(ひっぱく)している泉佐野市にとって、ふるさと納税こそが国からの支援策、恵みであった。

 千代松大耕市長は、就任と同時に議会や市職員に大胆な支出カット政策への協力を仰ぎ、赤字再建団体から脱した。そんな努力を総務省は評価せず、突出した寄付額が許せなかったようだ。それでも市にはまだ約1000億円の借金が残っていて、財政事情は苦しい。遅れていた小中学校の施設整備のために、ふるさと納税が使われ、寄付者の期待に応えた。

 かつて、泉佐野市はタマネギとタオルの生産が日本一であった。農業も繊維産業も衰退の一途をたどり始めると、市には新しい施策が求められるようになる。それは、関西国際空港の誘致であった。大阪湾岸の各市が、空港を騒音による迷惑施設と決め込み尻込みする中、これといった収入源を持たない泉佐野市が、苦肉の策として立候補する。空港建設と同時に玄関口となる市は、カネをかけて国際都市への脱皮を図るが、運用開始後は航空需要の低迷やリーマン・ショックにも襲われ、奈落の底に落とされる。

 これらの背景が、08年から始まったふるさと納税の研究に泉佐野市を走らせたのである。翌年9月、同市は「早期健全化団体」に転落するほど台所は火の車、ふるさと納税こそが千載一遇のチャンスとなる。だが、コメ、カニ、肉の“三種の神器”とも表現された返礼品を地場産品として持たず、寄付(納税)してくれる人たちの興味をそそる品物の調達が求められた。

 その結果、功を奏して返礼品競争を独走するに至る。制度創設時から総務省は返礼品について懸念していたが、地方分権の時代でもあり、自治体の良識に任せた印象を受けるが、その読みは浅かった。各自治体の財政事情が横並びならともかく、格差の大きい現実を見逃し、制度設計の失敗を認めざるを得ない。

 もちろん、泉佐野市にも反省点はある。最高裁は「節度を欠いていた」「いささか居心地の悪さを覚えた」と、判決の補足意見に記されたのだから、ふるさと納税に泉佐野市などが復帰するにあたり、ルールを厳守せねばならない。総務省は返礼品を寄付額の3割以下の地場産品に限定する法律を施行し、競争の過熱をいさめる。

 さて、泉佐野市は、今年度の特別交付税を4億円削減されたことに対しても、総務省を訴えている。坊主(ぼうず)憎けりゃ袈裟(けさ)まで憎いのか、使用目的の異なる税をいきなり3分の1も削減したのは腑(ふ)に落ちない。総務省は、地方分権を無視してペナルティーとして削減したのなら、再び敗訴の憂き目にあうだろう。

【プロフィル】松浪健四郎

 まつなみ・けんしろう 日体大理事長。日体大を経て東ミシガン大留学。日大院博士課程単位取得。学生時代はレスリング選手として全日本学生、全米選手権などのタイトルを獲得。アフガニスタン国立カブール大講師。専大教授から衆院議員3期。外務政務官、文部科学副大臣を歴任。2011年から現職。韓国龍仁大名誉博士。博士。大阪府出身。

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