1999年から約5年間、イスラム教徒とキリスト教徒が互いを殺し合い、5000人以上が死亡、50万人以上の避難民が出たとされるインドネシア東部マルク諸島の宗教抗争。戦闘には大勢の子供が動員されていた。この中の敵だった両教徒の少年兵2人が後に和解して親友となり、現在は共存と平和の大切さを訴える活動をともにしている。
「殺して、殺して、殺しまくった」-。大航海時代に香料貿易の拠点として栄え、青い海を見下ろすマルク州の州都アンボン。今年2月、少年兵だった当時のことを語ったキリスト教徒のロナルド・レガンさんの目つきが鋭くなった。
99年1月。アンボンでのささいなけんかをきっかけに起きた宗教抗争は、レガンさんが住んでいた北マルク州テルナテにまで波及。隣人らが山刀で殺し合うのを目にし、ショックを受けた。当時9歳だった。
混乱の中で家族と離れ離れになったレガンさんは、母と姉、弟が避難したと聞いたアンボンに向かったが、結局会えず、キリスト教徒民兵の部隊に入った。「強制ではなかった。だが他に選択肢はなかった」と語る。
所属したのは、それぞれ「トカゲ隊」「ブヨ隊」と呼ばれる子供だけで編成された部隊。担ったのは、最前線での偵察や戦闘だ。大人は「後方支援」として、常に後ろで待機していた。「聖戦」だと思っていたというレガンさんは当時、何人殺したか覚えていない。米ハリウッドの戦争映画を見て戦闘のやり方を学び、他の少年兵と殺害人数を競い合った。「狂っていた」と振り返る。
抗争は2002年に和平合意したが、その後も衝突は続いた。荒れていたレガンさんの転機となったのは、親身になってくれる牧師らとの出会いだった。07年、イスラム教徒とキリスト教徒の元少年兵20人ずつを集めた和解促進イベントで、イスラム教徒のイスカンダル・スラマットさんと出会った。スラマットさんも14歳で戦闘に参加していた。
イベントでは、抱えていた怒りや憎しみを紙に書き出した後、皆で燃やし、「全て吐き出した」(スラマットさん)。2人は活動をともにするようになり、18年には国内各地で講演、テレビ番組にも出演した。
レガンさんは、自分が命を奪った人の顔が今も夢に出てくるといい、犯した罪の重さに苦しむ。「平和を訴えることで償い続けたい。死んでも償いきれないだろうけれど」と覚悟を語る。自分のような経験をする子供が二度と生まれないよう、自伝を書きたいと考えている。(アンボン 共同)