海外情勢

カンボジア 対中偏重に慎重 EU制裁発動 印・韓ともFTA交渉

 欧州連合(EU)がカンボジアからの輸入品について設けている特恵関税制度が8月12日、一部停止された。EUはカンボジア政府による野党勢力や人権運動への弾圧を問題視し、調査や話し合いを重ねてきたが、改善がみられないとして停止に踏み切った。

 11.4億ドル分に影響

 地元紙の報道などによると、今回の措置は、縫製品や靴などカンボジアからEU諸国への輸出品の約2割が影響を受け、特恵関税の適用外となる。EUとの年間貿易額約66億5000万ドル(約7027億550万円)のうち、5分の1に当たる約11億4000万ドルが影響を受けるという。

 カンボジア政府は2017年に、当時の最大野党であったカンボジア救国党のケム・ソカ党首(当時)を「外国と共謀して国家転覆を企てた」として逮捕。そのために救国党は解党させられ、主要党員たちは5年間の政治活動が禁止された。その結果、18年に実施された総選挙は、最大野党不在となり、フン・セン首相が率いるカンボジア人民党が全議席を独占する事態となった。カンボジア政府は、ケム・ソカ氏が米国と共謀したとして、米国系のメディアや非政府組織(NGO)への抑圧も強めた。

 EUは、これを野党勢力弾圧としてカンボジア政府を非難、改善しなければ特恵関税制度を撤廃するとして8月12日を期限にカンボジア側と交渉を続けてきた。カンボジア側は、事実上の自宅軟禁下にあったケム・ソカ氏の国内移動の自由などを認めたが、EUの指摘については「内政干渉」として非を認めず、「特恵関税制度はいずれ撤廃される予定のもの」と強気の姿勢を崩さなかったため、EUは一部撤廃に踏み切った。

 ただしEU側は、今回の措置がもたらすカンボジア経済への影響を注意深くモニターしていくとしている。新型コロナウイルスの感染拡大により、カンボジアの20年の経済成長率は、内戦後初めてマイナスとなる予測であり、中国に次ぐ第2の貿易相手であるEUからの制裁が、既に厳しい状況にある縫製業セクターやその労働者に深刻な打撃を与えることも懸念されているからだ。

 「政治的な目的」

 一方カンボジア政府は、今回の措置について「カンボジアは貿易の多角化を進めており、中国をはじめ、韓国などとも自由貿易協定(FTA)の締結を協議している。また、特恵関税措置が一部撤廃されても、われわれがEU市場を失うという意味ではない」(政府報道官)としている。

 実際、カンボジアは新型コロナの影響下にあっても、関係諸国との2国間FTAを積極的に進めている。

 カンボジアにとって最初の2国間FTAの相手国となったのは、既に最大の貿易相手国でもある中国で、7月20日にFTA交渉が妥結したと発表された。詳細は発表されていないが、プノンペン・ポスト紙の報道によると、紙、乾燥トウガラシ、カシューナッツ、ニンニク、ハチミツなどが対象品目に含まれているという。カンボジア側は、精米や天然ゴム、砂糖などを今後の交渉で非課税品目に含めたい考えだという。

 カンボジアと中国の貿易額は19年で約94億ドル。前年18年から約24%も増加し、貿易額全体の25%を占める。このFTAの締結により、両国は23年までに貿易額100億ドルを目指すとしている。

 しかし、中国とのFTAがEU制裁の「穴埋め」になるかどうかは疑問だとする指摘もある。プノンペン・ポスト紙は、「経済的というよりも、政治的な目的による締結」とし、「中国との貿易赤字は60億ドルに上る。さらに安価な中国製品が流入すればバランスは悪化する可能性もある。また、同じ縫製品の輸出国である中国とのFTAは、今回の制裁で最も打撃を受ける縫製業界にとって恩恵があるだろうか」との専門家の見方を紹介した。

 カンボジアは7月初め、中国のほかにインド、韓国とも、それぞれ2国間FTAの交渉を開始した。貿易額は、対インドが2億5000万ドル、対韓国が10億ドルと中国には遠く及ばない。だがFTA相手国を増やすことは、米中貿易摩擦のさなか、中国への関与を避ける外国直接投資の「受け皿」として名乗りを上げることにもなり、「むしろそのもくろみもあるのではないか」との指摘もある。(カンボジア日本語情報誌「プノン」編集長 木村文)

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