論風

問題は急速に複雑化、中印の軋轢は米中“代理戦争”の側面も

 中国とインドの国境地域での緊張が激化している。両国の衝突には領土問題が関わっており、1962年には中印国境紛争が起きている。この紛争は中国の圧勝だった。それ以来、紛争は起こっていなかったが、2020年に再び両国の軍事衝突が起こったのだ。これによりインド側は20人の死者を出したと発表しているが、中国側は未発表のままである。交戦では銃は使われず、棒や石が使用されたという。現在、インドは中国製品の規制を強めていることもあり、関係はかなり悪化してきている。中国はインドと対立の絶えないパキスタンを支持していることもあり、問題は急速に複雑化してきている。(インド経済研究所理事長・榊原英資)

 モディ政権、米に急接近

 周知のように中国とインドは4大古代文明の中心(中国の黄河・長江文明、インドのインダス文明)。その後も2大人口大国としてさまざまな展開の末、戦後には、中国は1949年、「中華人民共和国」を建国。インドは47年に「インド連邦」として独立している。中国の人口(2018年)は14億2765万人、インドの人口(19年)は13億8509万人とそれぞれ世界の総人口74億3026万人の19.2%、18.6%を占めている。実に世界の総人口の37.8%を占めている大国である。人口の第3位は米国(3億2218万人)だが、中国もインドも米国の4倍以上の人口を有しているのだ。ちなみに、日本は1億2775万人で10番目になっている。(世界保健機関=WHO18年発表)

 政治システムでも、中国が共産党独裁体制をとっているのに対し、インドは典型的な民主主義体制。現在はインド人民党(BJP)のナレンドラ・モディ氏が首相を務めている。14年までは国民会議派が政権の座にあり、マンモハン・シン氏が11年間、首相を務めた。インドは伝統的に全方位外交を展開してきたが、近年、中国との関係が悪化する中で対米接近を急速に図っている。この接近の立役者として目につくのが在米インド人の役割である。

 インド系移民の影響力

 世界各地のインド系ディアスポラ(国家を離れて暮らす国民)の総数は3000万人余り、うち446万人が在米である。インド系移民は全米のあらゆるエスニック・グループの中で平均収入が最も高いとされている。米国の起業家を中心に世界的ネットワークが張り巡らされて、米印関係を良好に保つために大きな貢献をしているということなのだ。13~16年にインド準備銀行(中央銀行)総裁を務めたラグラム・ラジャン氏もマサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得し、シカゴ大学大学院教授を務め、11年にはアメリカ・ファイナンス学会の会長に就任している。

 民主党の大統領候補ジョー・バイデン氏が副大統領候補に選んだカマラ・ハリス上院議員も両親がジャマイカとインドからの移民。16年の上院議員選挙で当選し、ジャマイカ系・インド系として初の上院議員になっている。しばしば黒人と称されるが、むしろ「ミックスト・レイス(混血)」と呼ぶべきなのだろう。元ルイジアナ州知事ボビー・ジンダル氏、前サウスカロライナ州知事ニッキー・ヘイリー氏もインド系米国人だ。学者にもインド系は少なくない。ノーベル賞を受賞したハー・コビンド氏(1968年)、スプラマニアン・チャンドラセカール氏(83年)、ヴェンカトラマン・ラマクリシュナン氏(2009年)もインド系なのだ。

 米国と人脈の面でも関係の深いインド、政治的に米国と対立する中国とは、前述したように、このところ軋轢(あつれき)を深めている。伝統的、歴史的対立関係に加え、米中対立の代理戦争という側面も次第に深まってきているのかもしれない。さらにインドは過去10年(10~19年)、平均7.24%の経済成長率を維持してきたが、新型コロナウイルスの世界的流行などの影響で、20年には成長率がマイナス4.5%まで下がるとIMF(世界経済見通し、20年6月)は予測している。

【プロフィル】榊原 英資

 さかきばら・えいすけ 東大経卒、1965年大蔵省(現財務省)入省。ミシガン大学に留学し経済学博士号取得。財政金融研究所所長、国際金融局長を経て97年に財務官就任。99年に退官、慶大教授に転じ、2006年早大教授、10年から現職。神奈川県出身。

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