第一生命経済研究所・西●徹
年明け以降の中国経済は、新型コロナウイルスの感染拡大により景気に大きく下押し圧力がかかった。しかし、その後は公共投資の拡充の動きに加え、世界経済の回復期待などを追い風に輸出も底入れしている。結果、多くの主要国が新型コロナの影響にさいなまれる状況が続いているにもかかわらず、中国経済は比較的早期に影響を脱する動きをみせた。一方、小売売上高は弱含む展開が続くなど回復が遅れたが、8月は前年同月比0.5%増と久々に前年を上回る伸びに転じた。ただし、この動きが家計消費の回復を示唆しているかは依然として不透明な状況にある。
4~6月プラス成長
新型コロナの感染拡大を受けて、中国の実質国内総生産(GDP)成長率は1~3月に前年同期比6.8%減と四半期ベースで初のマイナス成長となるなど深刻な景気減速に見舞われた。しかし、その後は感染収束による経済活動の再開に加え、政府は財政および金融政策を総動員する形で景気下支えを図る姿勢を示した。結果、公共投資の拡充の動きのほか、世界経済の回復期待を受けて輸出も底入れしており、4~6月の実質GDP成長率は同3.2%増と早くもプラス成長に転じた。
さらに、こうした動きに呼応するように、鉱工業生産をはじめとする多くの経済指標は前年を上回る伸びに転じるなど、回復の動きを強める展開をみせた。ただし、家計消費の動きを示す小売売上高は他の経済指標に比べて力強さを欠く展開が続いた。
なお、他の経済指標に比べて弱含む展開が続いた小売売上高は8月にようやく前年同月比0.5%増となり、年明け以降初めて前年を上回る伸びとなるなど底入れが確認された。ただし、これは補助金や減税など消費喚起策の効果を受けて自動車販売が大きく上振れしていることが影響しており、自動車を除いたベースでは同0.5%減と引き続き前年を下回る伸びにとどまっていることに留意する必要がある。
さらに、上述した小売売上高は名目ベースの数値であり、物価の影響を除いた実質ベースでは8月は同1.1%減とマイナス幅は縮小しているものの、引き続き前年を下回る伸びで推移するなど、力強さを欠く動きが続いている。
雇用難で耐久財不振
小売売上高の内訳をみると、消費刺激策により自動車販売が押し上げられたほか、携帯電話をはじめとする通信機器関連や宝飾品関連で高い伸びがみられた。新型コロナ感染拡大を受けた外出意欲の低下により下振れした財で軒並み押し上げ圧力がかかるなど、経済活動の正常化が大きく寄与した可能性が考えられる。
さらに、近年の中国では電子商取引(EC)が活発化しているが、外出制限措置が長期化したことを受けてその流れに一段と拍車がかかっている。ECを通じた小売売上高は小売売上高全体を上回る伸びを示しているうえ、小売売上高に占めるECの割合も24.6%に上る。こうしたことは、ECになじみやすい化粧品関連や日用品、飲料関連の売り上げの伸びが軒並み高いことにも表れている。
他方、足元の小売売上高の動きをみると、外食関連で前年を下回る伸びが続いており、外出制限の解除にもかかわらず生活様式の変化が影響している可能性がある。さらに、建材関連や家具など住宅関連の売り上げも軒並み前年を下回る推移が続くなど、住宅需要が回復力に乏しい状況にあることを示唆している。
足元の家計消費の動きをみると、消費喚起策や外出制限に伴うペントアップ・ディマンドの発現が押し上げ要因になっているものの、雇用環境をめぐる不透明感は耐久消費財などに対する需要の足かせとなっている可能性がある。短期的にみれば引き続き政策効果が家計消費を下支えすると期待される一方、雇用の本格回復がなければ早晩息切れを起こす可能性を孕(はら)んでいる。その意味では、足元の動きで家計消費が新型コロナの影響を克服したと捉えるのはいささか早計と考えることもできる。
【プロフィル】西●徹
にしはま・とおる 一橋大経卒。2001年国際協力銀行入行。08年第一生命経済研究所入社、15年から経済調査部主席エコノミスト。新興国や資源国のマクロ経済・政治情勢分析を担当。42歳。福岡県出身。
●=さんずいにウかんむりに眉の目が貝