中国を読む

これまでは効率論理だけだったが… 生産移転と供給網再編両にらみ

 アジア経済研究所・丁可

 新型コロナウイルス禍に見舞われたグローバルサプライチェーン(供給網)は、いまや大きく再編されようとしている。その展開方向を検討するにあたって、2つの論理を考慮に入れる必要がある。一つは、効率の論理である。この論理に従えば、多国籍企業は最も成長している市場に投資し、最も効率的なサプライヤーの資源を活用する。もう一つは、安全保障の論理である。企業は貿易戦争のような政治リスク、そしてコロナ危機のような自然災害などに備えるため、サプライチェーンを極力、分散しなければならない。

 安全保障の原理浸透

 これまでの時代に、日本など一部の国を除いて、グローバルサプライチェーンの構築にあたっては、効率の論理が完全にモノを言っていた。しかし今後の時代は、両方の論理に配慮しておくことが必要となるだろう。

 安全保障の原理が浸透し始めると、世界の工場である中国の地位は、大きく弱体化するのだろうか。周知のように、コロナショックによるサプライチェーン分断の教訓を踏まえて、日本政府はサプライチェーンの国内回帰と第三国への多様化を推進するべく、第1次予算として2486億円を計上し、87件に補助金を渡した。2回目の募集にも1670件の申請があった。一方で米国政府も、関税手段を中心に、中国とのサプライチェーンのデカップリング(分断)を推進しようとしている。

 しかし、企業の動きを冷静にみると、これまで応募した企業ではマスクや医療品に関連する企業が圧倒的に多い。一方で、日本貿易振興機構(ジェトロ)がコロナ直後に実施したアンケートの結果をみると、中国の華東と華南地域のいずれにおいても、およそ9割の日系企業は、サプライチェーンの再編や製造拠点変更の予定はないと回答している。湖北省武漢に関しては、73%の企業は予定なし、20.7%の企業はむしろ投資拡大の意向を示している。日系企業の回答は、今年の世界主要国のうちプラスの経済成長を達成するのは中国のみの見通しである事実とも関係していると思われる。

 中国をめぐるグローバルサプライチェーンの今後の姿を占ううえで、日本による「チャイナプラスワン」の取り組みが参考になる。周知のように2010年代初頭、日中関係の悪化に伴い、日本企業の大多数は中国リスクを緩和するために東南アジアへの生産拠点の分散化を図った。一方で、中国の旺盛な需要に対応するため、現地向けのサプライチェーンも独自に構築してきた。図が示すように10年代以降、東南アジア諸国に比べて、日本企業の中国での現地調達比率は断然高水準にあった。

 トヨタはコロナ無傷

 こうした中国での取り組みは、トヨタ自動車の場合、「地産地消型サプライチェーン」と称している。今回のコロナショックのなかで、地産地消を徹底した同社は、中国市場においてほぼ無傷でいられた。20年第2四半期のトヨタ中国の販売台数は前年同期比14%増、中国合弁会社の利益も同30%増を達成した。同社の700人以上の駐在員と4万人以上に上るローカルスタッフのうち、コロナ感染者は一人も出てこなかったと報告されている(北京大学国際戦略研究院「第99期簡報」)。

 「チャイナプラスワン」戦略に象徴されるように、効率と安全保障という2つの論理が同時に機能する時代に、多国籍企業は周辺国へ生産移転を進めながら、中国市場向けの独自のサプライチェーンも構築するという両方の取り組みをしなければならなくなる。残念な事実ではあるが、今後のグローバルサプライチェーンは、ますます冗長なものになってしまうに違いない。

【プロフィル】丁可

 てい・か 経済学博士。1999年中国南京大学卒。2005年名古屋大学博士課程単位取得退学、アジア経済研究所入所。専門分野は中国経済、産業組織、中小企業。

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