海外情勢

ミャンマー、前政権が放置 選挙制度の穴がクーデター招く 

 国軍の軍事クーデターによるミャンマー社会の混乱は、行政や病院、銀行などの機能が停止するなど日増しに深刻さを増している。反軍デモはほぼ全土に波及。街には「(選挙の)投票結果を尊重しろ」のプラカードが並ぶ。一方、国軍は昨年11月に実施された総選挙をめぐり「不正があった」との立場を変えず、これをクーデターの原因とする。

 こうした軍の主張は選挙前から繰り返されていたが、アウン・サン・スー・チー政権は黙殺。一切の妥協を拒絶したことから土壇場での武力行使となった。背景には選挙で議席を減らした国軍の焦りもあったろうが、ミャンマーのずさんな選挙制度がもたらした側面も否定できない。それは、前政権が放置し続けた慢心でもあった。

 協議・資料開示断られ

 国軍は、約860万票が不正投票だったと訴える。この票数は全有権者約3830万人の約22%に当たる。選挙管理委員会によると、実際の投票者数は約2750万人(最終有効投票率は72%)であるから、単純に3人に1人が不正投票に関与していたことになる。事実となると小選挙区制を採る上下両院の選挙結果に与える影響は大きく、クーデターの口実と片付けるわけにもいかなくなる。

 11月8日投開票の総選挙をめぐっては、国軍のミン・アウン・フライン最高司令官が選挙日以前から結果の尊重を繰り返し表明。自身の投票直後にも「民意の結果は受け入れなければならない」と述べていた。一方で、選管に対しては不正投票の可能性を指摘、対応を求めていた。

 国軍の狙いは、スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)との間で選挙後の政権のあり方をめぐって落としどころを見つけ、軟着陸させることにあった。上下両院議席の25%を軍人枠として持つ国軍としては、憲法改正や地方の国境貿易などに絡む軍の権益を侵さない限り、スー・チー政権の2期目を容認する考えだった。

 ところが、改選議席数の83.2%を得たNLDは国軍との水面下協議をいとも簡単に退けた。前回総選挙より議席を増やしたおごりか、はたまた野党からの造反を見越した改憲への自信か。その姿勢は予想を超えて強硬に映ったに違いない。となれば、選挙の不正追及を強めるしかないというのが軍の立場となった。

 開票結果が公表されて間もなくのころから、国軍が不正を追求するボルテージは高まりを見せ始めた。選管委員の任命権を持つ大統領には監督上の責任があるとして、憲法上の弾劾を示唆する動きも見られるようになった。だが、政権も選管も国軍が求める有権者名簿などの開示を拒否。選挙が公正に行われたことを示す資料の公開にも一切応じなかった。

 ずさんな有権者登録

 ミャンマーの有権者登録台帳の管理は、日本や欧米諸国などに比べずさんかつ未熟だ。昨年の選挙監視団に加わった関係者によると、基本台帳そのものはあるものの転入と転出についての追跡やひも付けは十分ではなく、電算化も進んでいない。このため、同一人物が複数カ所の選挙区で有権者登録をしても判明しにくい仕組みとなっている。実際に、そのように登録して投票したとの声が選管にも寄せられている。

 こうした制度上の不備は2010年、15年の総選挙でも指摘され、改善が求められていた。しかし、スー・チー政権は、二重投票の防止を目的に日本政府の無償援助の下、一定期間色落ちのしない特殊なインクを投票を済ませた人の指に塗るなど前政権から引き継いだ対策しか講じようとはしなかった。期日前投票と本投票の二重投票や、期間を空けた期日前の複数回投票を完全に防ぐことはできず、こうした点を国軍は不正投票と呼んでいた。

 このような状況下で今年1月下旬に始まったのが、国軍とNLDの代表者らで協議する最後の非公式会合だった。期限は2月1日に連邦議会が開会するまでの1週間余り。だが、ここでもNLD側は歩み寄る姿勢を示さなかった。万策尽きた国軍が採ったのが力による制圧だった。国政への影響力や権益を失うことへの恐怖が背景にあった。

 武力を使った政権転覆が国際社会に受け入れられるはずもないが、国軍に口実を与えないための選挙制度の改革には十分な時間があったはずだ。だが、ロヒンギャ問題など批判の多い少数民族対策と同様に、スー・チー氏は後回しにした。前回総選挙直後には「大統領を超える存在になる」と高らかに宣言した同氏だったが、民主主義社会の根幹に関わる選挙制度の整備についてはあまりにも無頓着だった。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)

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