新型コロナウイルスの医療従事者向けワクチン接種が進む中、一般市民への対象拡大を見据え、一部の自治体が接種を受けた人への優遇策の導入を決めている。集団免疫の獲得を促進する効果が期待されるとして接種する人を増やす狙いがある。ただ、受けるかどうかは「努力義務」で、国は優遇策の推進には慎重な姿勢を示している。接種のリスクと利益を考慮して受けるかどうかを判断することが重要だ。
集団免疫を期待
「元の生活に戻るには接種率を上げる必要があり、町民には協力を仰ぎたい」
接種1回につき、町内の飲食店や小売店約110軒で使用できる商品券千円分を支給することを決めた埼玉県宮代(みやしろ)町。担当者は政策の意義をこう説明する。
町は16歳以上の町民約3万人に商品券を配布する予定で、予算に約6千万円を計上した。担当者は「接種には不安もあるし、時間も割いてもらわなければならない。若者にもワクチンに関心を持ってもらうきっかけになれば」と話す。
人口の一定数以上が免疫を持つことで流行を防ぐことができる集団免疫の獲得と地域経済の活性化を狙い、各地の自治体が優遇策を検討している。
神奈川県横須賀市は「接種済証」を見せると百貨店や市内の店舗で割引などが受けられる特典を検討。山梨県も割引サービスやポイントの付与などを考えているという。高齢者向けの施策を打ち出すところも。東京都千代田区は入浴剤や栄養補助食品などを無料配布。静岡市は会場に行きやすくするためタクシーのクーポン券を渡す方針だ。
海外は「パス」も
海外ではワクチンを受けたことを示す証明書の利用が進んでいる。イスラエルでは受けた人に「グリーンパスポート」を交付。感染リスクが高いとされる施設を利用する際にはパスポートの提示が義務付けられている。ヨーロッパや米国でも自由な移動を認めるデジタル証明書「ワクチンパスポート」の導入が議論され、アイスランドはすでに運用を始めている。
だが、ワクチンの接種は強制ではない。受けない人への偏見や差別を防ぐことも求められる。そもそも、16歳未満や、ワクチン成分で過去に重度の過剰反応が出たことがある人などは対象外で、厚生労働省の担当者は「接種できない人もいるため、優遇策を導入する予定はない」としており、国として政策を推進することには否定的だ。
行き過ぎは注意
大阪府の吉村洋文知事は5日、記者団の取材に「若い世代にどうやってワクチンを広めていくかは課題。インセンティブ(動機づけ)には賛成だ。創意工夫で、ぜひ市町村でやってもらいたい」と言及。その上で「インセンティブを設けなかったら広まらないかといったら、そうではない。ワクチンの役割を伝えることが重要だ」と述べた。一方、大阪市の松井一郎市長は同日の記者団の取材に「薬には作用も副作用もあり一人一人が納得した上で接種するのが基本。インセンティブで接種に導くのは違うのでは」と話した。考え方はさまざまだ。
近畿大病院感染対策室の吉田耕一郎教授(感染制御学)は「接種率を上げることは集団免疫を作る上で重要。商品券やポイントの付与など、感染予防対策を踏まえた特典については、よい動機づけになるだろう」と話す。ただ、「ワクチンは発症予防に効果があるが感染しないわけではない。接種したことが無制限に外出できる理由にはならない」と指摘。パスポートなどの導入はかえって感染増加につながりかねないとして行き過ぎに警鐘を鳴らしている。