日本総合研究所・関辰一
今月、中国で全国人民代表大会(全人代)が開催され、中国政府が2021年に6%以上の経済成長を目指すこと、香港の選挙制度を見直す方針であることなどに加え、米バイデン新政権にどのように対峙(たいじ)するかが注目される。実施済みの措置や他の政府会議も踏まえると、米中対立が続く中で、習近平政権の政策運営には3つの柱があると考えられる。
自給自足体制を強化
第1は、安全保障の観点から自給自足体制を強化することである。このところ政府は戦略的な物資の仕分けに取り組んできた。政府会議などでたびたび指摘される分野として、まず半導体がある。自給率を大幅に引き上げるために、減税や補助金の拡充、低利融資といった支援を強化している。
加えて、食糧とエネルギーも弱みとして認識されている。食料自給率は低くないものの、政府は安全保障の観点から、食品ロスを減らすよう国民に要請しているほか、今回の全人代では国内生産量の拡大を指示した。また、原油と天然ガスの需給バランスが大きく崩れるリスクを想定して、国家エネルギー局が中国石油、中国石化などの国有企業と官民一体となって原油・天然ガスの採掘量の拡大に取り組んでいる。
このほか、貿易決済における米ドル決済の多さも弱みとみられている。米国政府が米ドルの供給を制限することで、中国企業に対して甚大な影響を与える可能性も指摘されている。こうしたなか、人民元国際化の議論が盛り上がっている。デジタル人民元に関する論文は、これまで国内における決済でいかに利活用するかについてのものが多かったが、このところはどのように貿易決済で活用するかについてのものが多くなっている。
一方で、このような取り組みは経済合理性の観点からみるとさまざまな問題を孕む。産業補助金といった政府による企業支援策は、不公平な競争条件であるとして国際的な批判を招き海外市場で中国製品排除につながるだけでなく、国内における債務・不良債権問題の深刻化につながる恐れもある。昨年には約1万社が新規参入するなど、半導体産業では投資ブームが発生した。こうした状況をみると、いずれ中国半導体産業は、過剰設備・過剰債務が問題視されている鉄鋼業の二の舞になりかねない。政府が食料・エネルギーの自給率引き上げを求めたことで、割高な製品が市場を占有し、食料品価格やエネルギー価格の上昇圧力が強まるリスクもある。
世界での依存度向上
第2は、グローバル・バリューチェーンにおける役割の拡大である。各種会議で、中国が強みを発揮できる分野として、鉄道や発電などのインフラ、電池を含む電気自動車(EV)や監視カメラなどの交通、第5世代(5G)移動通信システムや衛星などの情報通信が、しばしば挙げられる。習国家主席も昨年、高速鉄道・発電・新エネルギー・情報通信などの分野における優位性を維持・発揮し、世界のサプライチェーン(供給網)の中国への依存度を高めるよう指示した。今回の全人代でも、こうした分野を念頭に、イノベーションを新しい国づくりの中核として位置付け、国家プロジェクトをトップダウンで強力に進めると示した。
第3は、米中対立の長期化に備えて、消費の拡大を柱とした内需主導型成長を目指すことである。習主席は、近年において反グローバル化の動きがみられるようになったため、内需の拡大が長期的な経済発展にとってより不可欠になったと論じてきた。消費を牽引(けんいん)役として位置付け、所得分配を見直す、人的資本投資を拡大する、都市人口を増やす方針である。今回の全人代では25年に都市化率を65%へ引き上げるとの目標を示した。
他方、消費拡大のボトルネックとして、先進国との間でなおある企業の生産性や所得水準、国内の貧富の格差、老後や子育ての不安、30年頃から始まる人口減少などがある。中国が今後も安定的に成長していくためには、これらの課題解決が不可欠である。
【プロ野球】関辰一
せき・しんいち 2006年早大大学院経済学研究科修士課程修了。08年日本総合研究所入社、19年から調査部主任研究員。拓殖大学博士(国際開発)。専門分野は中国経済。著書に「中国経済成長の罠」。39歳。中国上海出身。