高論卓説

アフガニスタン和平なお不透明 米軍駐留でタリバン参加の政府難しく

 「平和の祭典」五輪・パラリンピックが開催されようとしているが、アフガニスタン、イエメン、シリアなどの内戦の様子が新型コロナウイルス禍に消され、伝わってこない。国民の動静や暮らしが気にかかる。遠い国々の情勢など日本人は無関心かに映る。(松浪健四郎)

 先日、モスクワでアフガニスタン和平に関する会議が開催された。ロシア、米国、中国、パキスタンの4カ国は、アフガン政府と旧支配勢力タリバンの双方が参加する「包括的政府」の樹立に向けて共同声明を採択した。だが、現在の憲法下では包括的政府は絵に描いた餅だと決めつけている。

 トランプ前政権はタリバンと和平合意し、米軍の撤退が進んでいた。ところが、バイデン政権は治安が悪化しているとし、撤退を見送るようだ。ガニ大統領も、米軍なくして首都カブールを守れないと思っている。

 これではタリバンの反発を強めるだけで、さらに泥沼化が進む。同じ民族でありながら、水と油の関係ゆえに包括的政府が樹立されるとは考えがたい。何よりもリーダーとなるべく人材が見当たらない。部族国家を理解していないのだ。

 「9.11」(2001年)のわずか4日前、私は偶然にもローマ亡命中のザヒル・シャー元国王と面談した。元国王は「タリバンもアフガン人。伝統に基づいて相互の理解を深めることができれば、平和を構築することができるはず。外国の深い干渉は、国を一つにまとめる妨害となる」と語られた。まだアフガンをタリバンが支配していたときのことだ。

 面談した翌日、タリバン政権と対峙(たいじ)していたムジャヒディン(アフガンゲリラ)勢力のリーダーであるマスード将軍が暗殺された。そして、9.11を迎えた。ローマ滞在中の私と妻は、テレビにくぎ付けにされ、驚愕(きょうがく)するしかなかった。アフガンの最初の混乱は、ソ連の介入が招いたとはいえ、元国王のおいであるダウド氏の革命が引き金となった。平和は維持されていたのもつかの間、ソ連の手による共産革命(1978年)によって、アフガン紛争が始まり、紆余(うよ)曲折を経て現在まで続く。

 私はダウド政権の75年春から3年間、国立カブール大学の教壇に立った。悠久の昔からの国で中世をほうふつとさせた。貧しい生活を営む国民だったが、平和に裏打ちされた笑顔があった。美しいシルクロードの十字路の国としての活気がみなぎっていた。

 大学生たちは、エリートらしく真摯(しんし)に学問に取り組んでいた。モザイク状の多民族国家だが、大学内では差別がなかった。ただ、近代教育とイスラム教育が交ざっていて、外国人の目には奇異に映った。この奇異さが、独特の部族主義や伝統主義を含んでいた。

 さて、米国はタリバン政府を打倒し、欧米風の民主国家を成立させた。2003年に憲法を制定するにあたり、JICA(国際協力機構)も4人の憲法学者を派遣して協力する。風土、歴史、文化、伝統など知識のない学者たちでは、荷が重かった。04年1月にロヤジルガ(部族長会議)が開催され、憲法は公布された。

 米国主導の下で作られた欧米式の民主主義の憲法。信頼されて各民族や各部族を掌握していた王族を無視する憲法は混乱に拍車を掛けただけだった。なぜ、戦後の日本国憲法に学ばなかったのか。

 王族たちが健在で国民たちも期待していたのに残念である。王族のリーダーなら、国はまとまっていただろう。部族社会の国に先進国が押しつけた憲法は平和を遠のけたといえる。

【プロフィル】松浪健四郎 まつなみ・けんしろう 日体大理事長。日体大を経て東ミシガン大留学。日大院博士課程単位取得。学生時代はレスリング選手として全日本学生、全米選手権などのタイトルを獲得。アフガニスタン国立カブール大講師。専大教授から衆院議員3期。外務政務官、文部科学副大臣を歴任。2011年から現職。韓国龍仁大名誉博士。博士。大阪府出身。

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