内戦下にあるイエメンの親イラン武装勢力フーシ派が2月以降、敵対する隣国サウジアラビアへの攻撃を増大させている。契機は、トランプ米前政権が離脱したイラン核合意への復帰を目指すバイデン政権の誕生だ。フーシ派の背後にいるイランは、バイデン政権との今後の協議をにらみ、サウジへの揺さぶりを通じて「イラン包囲網」を突き崩そうとしている。(大内清)
核合意は「欠陥品」
米紙ワシントン・ポストの集計によると、2月中旬以降の約1カ月でフーシ派がサウジへの攻撃実行を認めた回数は、少なくとも13回に上る。1月には「犯行声明」が1件も出されておらず、その急増ぶりは一目瞭然だ。
攻撃にはミサイルや小型無人機(ドローン)が用いられ、首都リヤドや西部の主要都市ジッダの国際空港なども対象となっている。3月19日にはリヤドの石油精製施設がドローンの攻撃を受け、火災が発生した。武器は主にイランが供与したものとみられるが、イラン側は否定している。
なぜ、フーシ派はこのタイミングで攻勢に出たのか。そこには米国の中東政策の変化が関係している。
トランプ政権は、オバマ政権下の2015年に米欧などがイランと結んだ核合意から離脱し、対イラン経済制裁を復活させた。イランの核開発を一定期間制限する見返りに制裁を解除することを定めた同合意は、イランの将来的な核武装に道を残す「欠陥品」だとの判断からだ。
また、トランプ政権は、イランがフーシ派などの代理勢力への支援を通じて中東での影響力を強めていることへの対抗策として、イスラエルやサウジなどイランと対立する国々を連携させる「イラン包囲網」の構築を進めた。20年には、アラブ首長国連邦(UAE)などのアラブ諸国とイスラエルの国交正常化を相次いで仲介している。
一方でトランプ政権には、包囲網の構築を優先するため、人権やパレスチナ和平といった他の外交課題ではサウジやイスラエルに“甘い顔”をみせる傾向が極めて強かった。18年に起きたサウジ反体制記者、ジャマル・カショギ氏の殺害事件を糾弾するのを避けたことはそれをよく表している。
サウジへの態度に変化
サウジは15年、自国の裏庭であるイエメンの内戦に軍事介入して以降、フーシ派との戦闘を続けているが、その結果、同国では「世界最悪」といわれる人道危機が発生。トランプ政権は任期切れ直前の今年1月にフーシ派を「テロ組織」に指定し、サウジの立場を後押しする姿勢をみせた。
これに対してバイデン政権は、イラン核合意への復帰を掲げている。強硬なイラン封じ込め策を中東外交の中心に据えたトランプ路線からの転換を図ろうとしているのは明らかだ。
1月の発足直後からイエメンの人道危機への対応を重要課題として挙げ、サウジによる同国への軍事攻撃への支援停止を表明。2月上旬にはフーシ派へのテロ組織指定を解除するとした。フーシ派の後ろ盾であるイランとの緊張を緩和し、核合意復帰に向けた協議への地ならしとして秋波を送った形だ。
バイデン政権は、カショギ氏殺害事件をめぐっても、サウジの事実上の最高実力者であるムハンマド皇太子が「拘束または殺害する作戦を承認」していたとする情報機関の報告書を公表。サウジに対し、人権面でもより厳しい態度で臨む姿勢を鮮明にした。これは同時に、トランプ路線からの転換をイラン側に伝えるメッセージにもなっている。