論風

加速する行政デジタル化 独自色で地方創生の切り札に

 野村総合研究所会長兼社長・此本臣吾

 行政のデジタル化は、菅政権の“1丁目1番地”ともいえる目玉政策であるが、将来の人口減少や過疎化の流れを考えると、行政のマンパワーが不足すると見込まれる地方において、より行政サービス電子化の必要性が高いと思われる。

 行政デジタル化といえば、北欧諸国が世界の最先端を走っている。筆者が2019年に訪ねたエストニアの首都タリンは人口44万人だが、市政府の職員数は1420人(2018年時点)だ。これに対して、規模が近い人口52万人の国内某県庁所在地の市役所職員数は3270人(同)であった。

 すべての行政手続きがオンライン化されているタリンでは、市役所を訪れる市民もほとんどいないため、受付カウンターにいる職員はわずか数人である。行政の効率化のために、日本の地方自治体が今すぐにでも北欧並みのデジタル化を図ることは現実的ではないものの、健康増進や防災などの住民サービスを高度化するという観点からも、行政サービスを電子化するメリットは大きい。

 山形県鶴岡市を支援

 野村総合研究所(NRI)は19年12月に山形県鶴岡市と連携活動にかかわる基本合意書を締結し、同市のデジタル化による構造改革推進の支援活動を行っている。

 20年度は「SDGs未来都市」の選定を受け、官民連携の「産業イノベーション推進検討事業」として防災DX、医療健康DX、教育DX、生活交通DXを推進していた。中でも医療健康領域では、広域に医療機関が点在し医療サービスの維持に苦労している現状に対し、国立がん研究センター東病院と荘内病院などが連携し、同センターの専門医が月に1回、荘内病院に来院して診察を行っている。

 今後は両院をオンラインで結んでカンファレンスや診療を行うことも検討している。また、初診は病院で行い、その後はスマートフォンなどを活用したオンライン遠隔医療サービスも本格的に導入するための検討が進められている。

 起業家が集まる拠点都市に

 行政デジタル化は、健康増進や防災などの住民サービスの高度化に加えて、企業側のメリットも大きいものと思われる。例えば、北欧にベンチャー企業が集積している一因として、起業にかかわる行政手続きが全てオンライン化されていることによる起業コストの抑制が考えられる。日本の地方都市でもデジタル化を先駆けて進めれば、それに魅力を感じた意欲的な起業家を集めることができるだろう。

 コロナ禍が既に1年以上に及び、特に観光業は全国的に甚大な被害を受けている。観光が基幹産業となっている地方都市も多く、そうしたところの経済的な疲弊は深刻である。

 ただし、その中にあっても、デジタル化の流れにうまく乗った形で、非接触やリモートなどを軸に新たな観光サービスを地方発で生み出す動きもあり、従来のしがらみや先入観を超越するこうした個性的で創造的な試みが、時計の針を一気に進める勢いで普及していくかもしれない。

 筆者は、地方が目指すデジタル化の構想は画一的なものである必要はなく、それぞれの個性に合わせて、まちづくりや産業の育成を進めるべきと考える。その時は、地方のリーダーシップや構想力がますます問われていくこととなろう。地方の拠点都市のデジタル化を推進して住民の暮らしやすさや、まちの魅力を高め、同時に地域の産業イノベーション拠点として起業の環境を整備する。このようなアプローチでその地方独自の地方創生モデルを作ることに、私たちは鶴岡市で挑戦している。

 地方創生への取り組みは、これまで何度も行われてきているが、残念ながら大きな成果を生み出しものは少ない。今回のデジタル化は、地方創生の切り札になると信じる次第である。

【プロフィル】此本臣吾

 このもと・しんご 東大大学院修士修了。1985年野村総合研究所入社。専門分野はグローバル製造業の競争戦略。台北支店長、コンサルティング事業本部長などを経て2016年社長、19年6月から現職。東京都出身。

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