論風

加速する脱炭素の潮流 政治家は原発政策を語れ

 外交評論家、エネルギー戦略研究会会長・金子熊夫

 昨年10月、突如、菅義偉首相が就任後初の所信表明演説で「2050年カーボンニュートラル」を宣言して以来、“脱炭素ブーム”がバブル的な盛り上がりを見せている。背景に、11月に英グラスゴーで開催される気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)に向けて、日本の立場を有利にしておこうという外交的配慮もあるようだ。

 政府は、気候変動問題への対応を成長の機会ととらえ、産業構造の大転換を図る好機なのだと前向きの説明をしている。その意気込みは壮とすべきだが、果たしてそう簡単にいくのか。下手をすると、世界の潮流に安易に乗って、日本にとって極めて不利な方向に迷走する恐れがないとはいえまい。

 険しい「実質ゼロ」への道

 目下政府は、今夏決定される第6次エネルギー基本計画の策定作業を進めているが、その中に「実質ゼロ」を実現するための具体的なシナリオが書き込まれると予想される。しかし、現在電力の約8割を占める火力発電(天然ガス、石炭、石油)を30年以内に実質的にゼロにするのは大変だ。まして、再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力、地熱)だけでそれを実現するのは常識的に考えて不可能だ。

 昨年末、経済産業省が参考値としてまとめた50年の電源構成案では、5~6割を再エネで、3~4割を原子力と火力(ただし二酸化炭素回収・有効利用・貯留=CCUS)で、1割を水素とアンモニアによる火力で賄うとしているが、問題はやはり、再エネがそこまで伸びるか、また、CCUS火力が実際に可能かどうかだ。うまくいかなければ、原子力で穴埋めする以外ないはずだ。そうであれば、原子力の果たすべき役割は重大かつ明白である。

 にもかかわらず、このことを政府は国民に向かってはっきりとは言っていない。安倍晋三前首相は「原発ゼロは無責任」という表現で何とか原子力の重要性を認めてきたが、菅首相は原子力にはあまり触れたがらず、「原発の新増設は現時点では考えていない」と明言している。元々反原発的傾向の強い大半のマスコミもこれに同調して原子力の役割を言わずに、もっぱら再エネの伸びを誇大に強調する報道を繰り返している。そのため一般市民は再エネだけで十分目標を達成できる、だから原発は不要だと考えているようだ。

 ところで、その原子力は、10年前の福島事故のダメージからいまだに回復できず、現在全国で稼働中の原子炉は僅か9基、しかもその半数はさまざまな理由で運転停止中だ。これでは、30年度時点の目標である20~22%は到底達成できないし、「50年カーボンニュートラル」にも貢献できない。

 技術喪失の懸念

 原子力発電について専門的知識を持たない一般市民は、50年になって再エネの伸びが不十分で実質ゼロの実現が不可能となったら、急遽(きゅうきょ)原子力を再活性化すればよいと考えているらしいが、これは大きな間違いだ。他のエネルギーと違って、科学の粋ともいうべき原子力発電技術はいったん失われたら取り戻すのは難しい。第一、原子力工学を勉強しようという学生はこの10年で激減した。このままでは、廃炉や除染作業にも支障をきたすだろう。

 当然ながら、廃炉や除染だけでは魅力に欠けるから優秀な学生は集まらない。どうしても既存原発の再稼働、新増設、新型炉(小型モジュール炉など)の開発、核燃料サイクルの確立などの重要課題に腰を据えて取り組めるような環境を整備する必要がある。

 こうしたことを理解している政治家は決して少なくないはずだが、選挙で不利だからと発言したがらない。次の総選挙で野党陣営は「原発ゼロ」を争点にし、一気に原発の息の根を止めようと狙っているようだが、それに負けぬよう勇気と信念を持ってエネルギー政策を語り、正々堂々と原子力の重要性を訴える政治家の登場を切に期待する。その前に電力会社自身の一層の発奮が必要なことはもちろんである。

【プロフィル】金子熊夫

 かねこ・くまお 米ハーバード大学法科大学院卒。外交官として約30年間、世界各地で勤務。外務省の初代環境担当官、国連環境計画(UNEP)出向。1977年初代の原子力課長。日本国際問題研究所の研究局長、環太平洋協力委員会事務局長、外務参事官などを歴任し89年退官。東海大学教授(国際政治)を経てエネルギー戦略研究会(EEE会議)を創設。愛知県出身。

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