海外情勢

オバマ氏広島訪問5年 中露台頭に遠のく「核兵器なき世界」

 オバマ米大統領(当時)が2016年5月、米軍によって原爆が投下された広島市を訪問してから27日で5年。現職の米大統領による初の被爆地・広島への訪問は、先の大戦を戦った日米の和解と同盟関係の強化につながった。一方で、オバマ氏が広島訪問で訴えた核兵器廃絶はいまなお「遠大な理想」にとどまる。

 「核兵器を使用した唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任がある。米国は、核兵器なき世界の平和と安全を追求していくことを明言する」

 09年4月5日、オバマ氏はチェコのプラハで行った演説で核廃絶への決意を表明し、同年10月にノーベル平和賞を受賞した。翌年4月には同じプラハで米国とロシアの戦略核弾頭の配備数を制限する新戦略兵器削減条約(新START)に調印した。

 オバマ氏は世界の称賛を一身に浴び、就任1年目で大統領としての評価はピークに達した。ただ、一連の動きを現地で取材していた筆者は当時、歓喜に沸くプラハから送った原稿で、理想論を唱えるだけでは「核なき世界」に向けた現実の厚い壁は突破できないと指摘したのを覚えている。

 あれから12年。現実の壁は以前にも増して確実に分厚くなった。権威主義体制の核保有国であるロシアと中国は周辺国や地域に対する覇権的姿勢を鮮明にし、核戦力の近代化を進め、米国が率いる自由主義勢力と対決の構えを強めている。

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 特に中国は、従来の「核の先制不使用」の方針を撤回して核攻撃の選択肢の拡大を図ろうとしている疑いが核専門家の間で強い。

 このためトランプ前米政権は、中露が戦場での限定使用を想定した小型の戦術核の開発と配備を進めているのに対抗するため、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)用の小型核弾頭を戦略原潜に配備し、中露に対する抑止力の確保を図った。

 また、中国が西太平洋での軍事覇権の確立を目指して中距離核ミサイルを展開しているのをにらみ、1991年に中止された米艦船への核搭載巡航ミサイルの配備再開も提唱した。

 気がかりは、オバマ氏の副大統領を務めたバイデン米大統領の核政策だ。バイデン政権は3月に発表した国家安全保障戦略の暫定指針で「国家安全保障戦略の中で核兵器の役割を減らしていく」と明記した。

 バイデン氏は大統領選の期間中、小型核の原潜配備を「悪い考え」と批判し、米国が核の先制不使用を宣言すべきだとの立場を示している。政権周辺では核戦力の3本柱の一つ、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の廃止論まで浮上した。

 しかし、中露の核の脅威から米国および同盟・パートナー諸国を守る責務を負うバイデン氏が行うべきは、米国の核能力を自ら縛るのではなく、「全ての選択肢が机の上にある」と表明し、中露の核による威嚇を抑止することだ。

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 オバマ氏が5年前、日本への原爆投下に肯定的な意見が根強い米世論の反発を覚悟で被爆地・広島訪問に踏み切り、その答礼で安倍晋三首相(当時)が同じ年の12月、ハワイの真珠湾を訪れたことは、日米を「真の和解」に導き、同盟関係の強化につなげた画期的な出来事だった。

 日米が核廃絶を人類の究極目標に掲げることを否定する者は少ないだろう。同時に、中露や北朝鮮といった大量破壊兵器を持つ国の脅威への対処を迫られる現状では、米国が日本に拡大抑止(核の傘)の提供を確約しつつ、日米が核を含む地域の安全保障環境の改善に取り組むことが、5年前に築かれた「和解と信頼」の発露として最もふさわしいように思う。(ワシントン支局長 黒瀬悦成)

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