新型コロナウイルスのワクチン接種をめぐり、菅義偉(すが・よしひで)首相は自身が掲げる「65歳以上の高齢者接種の7月末完了」の実現に向け、政府を挙げた総力戦で臨んでいる。あえて高めの目標を設定し省庁や自治体を動かそうとする 「菅流」には不満も漏れるが、首相は意に介する様子はない。自治体の要望にも耳を傾けつつ万全の接種体制を整備する意向で、1日100万回の目標も「(実現が)見えてきた」と自信をのぞかせる。
「ロックダウン(都市封鎖)しようが何しようが、海外でも結局はワクチンしかない。一日でも早く接種することがすべての対策に通じる。そこに集中してやるんだ」
首相は最近、周囲にこう繰り返し、ワクチン接種に全力を傾ける考えを強調している。接種が進む欧米では新規感染者数が減少し、社会や経済の正常化に向かっていることが念頭にあるようだ。
首相は日々、ワクチンの接種回数について報告を受け、「(接種率が最も進んでいる)和歌山はすごいよね。頑張っているよね」と話すなど都道府県の接種率も把握。自治体の首長とも自ら情報交換を重ねる。
首相の強い思いは28日の記者会見でも表れた。
「6月中旬以降は打ち手も含めて、100万回に対応できるような体制ができていくと思う」
接種体制の見通しについて首相はこう言い切った。ただ、首相側近によると「6月中旬に体制構築ができるというきちんとした報告が、役所から上がっているわけではない」という。ワクチン接種の担当者は「根拠がないからこそ、あそこまで言い切れたのでは…」と嘆息する。
それでも首相は、周囲に「最近は1日の接種回数も伸びてきている。大規模接種を設置する自治体も増え、今後は企業などの職域接種も始まる」と語り、100万回の目標達成に向けて手応えを感じている。
首相が「7月末」と期限を区切ったことでスケジュール変更を迫られた自治体からは不満も漏れる。だが、首相側近は「一日も早く接種できるようにするために、高い目標を掲げるのは当然だ」と語る。
首相から指示を受けた武田良太総務相は各自治体に目標達成を要請するとともに要望も聞き取り、政府として新たな体制構築支援策も打ち出した。臨床検査技師や救急救命士も接種を行えるよう検討し、薬剤師は予診のサポートなどで協力を仰ぐ。診療所での接種の報酬額も加算する。
都道府県、政令指定都市の大規模接種会場用に使用を予定していた米モデルナ製ワクチンの供給先を市区町村に拡大し、突然のキャンセルで余ったワクチンを無駄にしないよう接種券がなくても接種できるようにするなど運用面でも柔軟に対応してきた。
首相からの「圧力」を受けるのは自治体だけではない。
自衛隊が運営する大規模接種センター東京会場は埼玉、千葉、神奈川各県からの予約受け付けを当初予定から前倒しした。首相が予約状況を毎日チェックしており、「なんで(東京会場の予約が)埋まっていないんだ」と不満を漏らしたことが担当者に伝わったからだ。
ワクチン接種を担当する河野太郎ワクチン担当相にも、連日のように細かい指示が飛ぶ。河野氏は29日のインターネット番組で「菅さんは割と気が短いんで、『(高齢者接種が)7月末までに終わりそうだ』と言ったら、たぶん『7月中旬までに終わりにしろ』と言うんじゃないか」と語った。
「接種の加速化に向かって、できることは全部やる」。明確なゴールを設定して総動員を図る手法は、携帯電話料金の値下げや温室効果ガス排出削減の目標設定などでも見せた政治スタイルだ。「ワクチン接種1日100万回」は、背水の陣で新型コロナ対策に臨む首相の覚悟の表れでもある。(大島悠亮)