海外情勢

ビルマ族、ロヒンギャに一転“謝罪”の声 連邦軍結成へ布石か

 国軍が武力で全権を掌握し国民への虐殺を続けるミャンマーで最近、アウン・サン・スー・チー氏を支持するビルマ族の人々から、イスラム教徒少数民族ロヒンギャへの“謝罪”が聞かれるようになった。かつては虐殺の事実すら認めようとはしなかったが、自らが暴力によって追われると、一転してかつての過ちを口にするようになったというわけだ。もっとも長年にわたり虐げられてきた側の複雑な思いは消えない。背後に国軍に対抗する連邦軍結成への思惑があるとすればなおさらだ。

 スー・チー氏が党首を務める国民民主連盟(NLD)などが結成した、もう一つのミャンマー政府「挙国一致政府(NUG)」。自らを正当で唯一の合法政府として国際社会の承認を求めるが、強大な国軍の武力を前に一人として姿を現すこともできず、活動の実態はもっぱらインターネット上にとどまっている。このため国際承認に向けた動きも鈍い。国軍は地下に潜ったメンバーの身柄を拘束するため、潜伏先を急襲するなどあぶり出しに躍起となっている。

 「人権無視してきた」

 こうした中、人口の7割を占めるビルマ族などから、西部ラカイン州に住むロヒンギャへの謝罪の言葉が出るようになったのは4月下旬以降。クーデターから3カ月が過ぎようというころだった。NUGの「国際協力相」で渉外担当者のササ医師は、1カ月前からロヒンギャの指導者らと水面下で接触。彼らを「兄弟」「姉妹」と呼んで自派への支持を呼びかけている。

 NUGの他のメンバーからも自責の念の告白は相次いでいる。女性問題と子供の人権問題などを担当するスザンナ・フラ・フラ・ソー氏は「前(スー・チー)政権はロヒンギャの人権を無視してきた」と公式謝罪。NLD政権を支え続けてきた多くの活動家らもネット上に謝罪文を掲載するなど、過去の過ちを口にし始めている。多くはロヒンギャ問題へのこれまでの沈黙と無理解をわび、「クーデター後の国軍の残虐行為に接し、誤解していたことに気がついた」と弁明する。

 これに対しロヒンギャ政党や支援団体などは、70万人が難民となって隣国バングラデシュに避難した2017年の大虐殺に触れ、「(ビルマ族が多数派を占める)国民の多くが国軍の嘘の説明を信じ、虐殺を真実でないと受け止めていたことは大変に残念だ」と非難の声明を発表。4月半ばに発足したNUGに対し、自分たちの代表を加えるよう求めている。虐殺の悲劇を繰り返さないためには、今後進められる憲法制定作業への参加が欠かせないという考えからだ。

 「新政府」に含まれず

 だが、謝罪は口にする一方で、NUGや母体のNLDの反応は鈍い。28人で構成するNUGには、独自の軍隊を持ち発言力のある山岳少数民族の代表者は含まれているものの、いまだに多くがバングラデシュからの帰還を果たせていないロヒンギャ難民のそれは含まれていない。検討が行われている様子も見られない。ミャンマーの人権問題に詳しい超党派の米下院議員も現状を憂慮し、ロヒンギャの参加がないままNUGを承認しないよう米政府への働きかけを強めている。

 一方、NUGへ参加する北部や東部の少数民族武装勢力も、反国軍の一点で呉越同舟を決めたものの、スー・チー氏やNLDを全面的に受け入れたわけではないとクギを刺す。主力武装組織のカレン民族同盟(東部カイン州)は「国軍と協調して少数民族を弾圧してきたスー・チー氏は、これまでの過ちに気づいたはずだ」と牽制(けんせい)を忘れない。そのうえで、NLDと合意した自治権拡大についてもほごにされないよう監視を強めるとしている。

 このような緊張関係にある少数民族武装勢力にNLD側が盛んに秋波を送るのには理由がある。強大な国軍に対抗しうるには自前の軍事力が必要だが、政党を母体としたNUGにはそれがない。ならば、一定の独自軍を持つ少数民族武装勢力と手を組み、ゆくゆくは新政権の連邦軍に育て上げようというのが真の狙いだ。既に各地の都市部には武器を取った住民らで作る「国民防衛隊」を組織。少数民族武装勢力から訓練や物資の補給を受け、有事に備えている。

 これに対し国軍は一斉掃討の構えを崩していない。地形の入り組んだ山岳地帯では劣勢に甘んじるも、市街戦では圧倒的な火力で対抗勢力を殲滅(せんめつ)する方針だ。忍び寄る「国軍」対「NLD・少数民族武装勢力連合」の激突。その陰に埋もれようとしているのは今回もまた、抑圧の対象とされてきた名も力もなきロヒンギャの人々だ。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)

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