ワクチンは「経済政策」だ
ワクチン接種の遅れが、日本経済の経済成長率を抑制してしまい、先進国の中でもさえないパフォーマンスになる、というエコノミストの永濱利廣氏(第一生命研究所)の指摘がある。永濱氏の鋭い指摘はいつも参考になり、今回もワクチン接種が事実上の「経済対策」の役目を担っているという点では、筆者も同意する見方だ。ただ、いま簡単に展望した通り、あくまで今の接種スピードが今後1、2カ月維持されれば、ワクチン接種の遅れからの経済後退リスクは確率が低いように思える。むしろ問題なのは、現状の経済の落ち込みに対する政府や日本銀行の経済対策の不足だろう。
現在、実施されている緊急事態宣言による経済の落ち込みは、さまざまな推計が出されている。2021年4~6月期はマイナス成長で、前期から経済の落ち込みはさらに拡大して、需給ギャップ(要するにお金の不足)は年換算で最大で30~40兆円になるのではないか、と予想される。現時点で、今年度予算の予備費が4兆円、そして昨年からの補正予算などのコロナ対策費が約20兆円以上(無利子無担保の貸付や劣後ローンなどの予算は抜かす)余っている。
需給ギャップはあくまでも年換算なので、いきなり目前で30~40兆円経済が落ち込むわけではない。予備費を含めた財政の残りもゆっくり出ていく。ただし、どう考えても経済全体のお金の不足は深刻である。特にワクチン接種が進むと、コロナ禍に由来する不確実性は低下していくだろう。そうなると、人々のコロナ禍による将来不安も緩む。将来不安が強いと、多くの人は消費や投資よりも貯蓄や手元に流動性を確保してしまう。その状況が、ワクチン接種の進展で根本的に変わる可能性があるのだ。その意味でもワクチン接種は決定的な「経済政策」ともなっている。この状況では、まさに景気刺激政策の出番になるのだ。
だが現時点で、景気を強く促す政策は、財政面ではGoTo関係が2兆円足らず、公共投資が3兆円ほどあるぐらいだ。どう考えても補正予算を早急に立てなければ、日本経済はこのままでは秋以降、いまよりもさらに深刻な危機に陥るだろう。
日銀も相変わらず、インフレ目標と連動するような金利に関するフォワードガイダンスを採用することをせずに、現状の物価の動向を指をくわえて見ているだけである。財政・金融政策ともに緊張感が不足しているといえるだろう。補正予算は、総選挙がからんでいる。いずれにせよ、まもなく補正予算の方向性と規模感は打ち出さないといけない。方針は、ポスト・コロナを見据えた本格的な景気刺激政策の採用であり、その主軸は公共投資や減税政策だろう。規模は30兆円ほどがベストに近い。
また日銀は、片岡剛士・政策委員会審議委員が常に言っている(以前は類似した意見を原田泰前委員も主張していた)ように「政策金利のフォワードガイダンスを、物価目標と関連付けたもの」に変更する必要がある。現時点では、日銀の政策金利コントロールは、単に経済状況まかせの悪しき「受動政策」に等しい。財政と金融が各々積極的に動き、景気を改善し、インフレ目標を達成することは十分に可能である。
【田中秀臣の超経済学】は経済学者・田中秀臣氏が経済の話題を面白く、分かりやすく伝える連載です。アーカイブはこちら