国軍によるクーデターへの抵抗を目的に前政権の国民民主連盟(NLD)の議員や支持者が反軍運動を続けるミャンマーで、運動に参加しなかったり協力を拒否した一般市民を「民主派」勢力が殺害したり、爆弾を使って脅迫するケースが相次いでいる。当初目指した不服従・非暴力の方針とは明らかに一線を画す展開だ。独自に設置した「国民防衛隊」が少数民族武装勢力から軍事指導を受け、国軍兵士を多数殺害する事件も多発している。このままの状態が続けばミャンマーは、暴力が支配する内戦の様相を呈することは確実だ。
一般市民も標的に
最大都市ヤンゴンに住む元公務員の男性(35)は、反軍運動への参加を理由に先日解雇された。家族の安全を守るため匿名を条件としたうえで、現在は国民防衛隊を支援する活動を続けていると明かす。「クーデター直後は非暴力・不服従を確かに支持した。でも、国軍の暴力は止まないし、このままでは自分たちは殺害される一方だ」と武器を取ることを肯定する。「国軍が屈服するまで止めない」と自らの死も覚悟する。
国軍による一般市民への発砲は後を絶たず、累積の死者はまもなく900人に届く勢いだ。治安維持の名目で行われるパトロールでも、住民の資産や食料を強奪する事件が全国で起きている。命と財産を守るために都市部を脱出した住民も多く、タイやインドなどの国境付近には難を逃れるなどした数万人が押し寄せている。国境付近の少数民族支配地域では頻繁に爆撃が行われ、多数の難民が発生している。
こうした中、各地で発足したばかりの国民防衛隊が少数民族武装勢力などと共闘して国軍部隊を襲撃し、兵士らを殺害する事件が相次いでいる。5月下旬にはインド国境の北部ザガイン管区で約60人の兵士が戦闘によって殺害されたほか、タイと接する東部カヤー州でも兵士約40人が死亡した。衝突は6月になっても断続的に続いており、北西部チン州における累積の国軍兵士の死者は100人の大台を超えた。国軍の攻撃に対する報復の意味合いもある。
懸念されるのは、暴力の標的が兵士だけではない一般市民にも向けられるようになった点だ。中部マグウェー管区では5月末、国軍が提供した支援物資を搬送していた公務員や看護師ら5人が反軍支持派によって銃撃され死亡する事件があった。積み荷を開示せず抵抗したためと説明されている。ザガイン管区でも国軍に便宜を図っていたなどとして2人の住民が拘束され殺害された。いずれも抵抗するための武器は持っていなかった。
放火や爆弾による暴力、脅迫も多発している。カヤー州などでは地元の警察署が相次いで襲撃され、庁舎が焼き払われた。南部タニンダーリ管区では反軍運動への参加を拒否し、学校を再開しようとした中学校と高校の校長室に爆弾が投げ込まれた。マンダレー管区でも政治的な中立を言明していた教師の自宅で爆弾が爆発する事件があった。いずれも犯行は、「民主派」を自称した反軍運動のメンバーとみられている。
NLD・NUGは沈黙
こうした事態に、NLDやそのメンバーらで構成する「挙国一致政府(NUG)」は沈黙を続けたままだ。国軍により身柄を拘束され公判中のアウン・サン・スー・チー前国家顧問も5月下旬の特別法廷に姿を見せたが、暴力行為については一切言及しなかった。弁護人を通じて伝えられたメモにも「NLDは国民が存在する限り存続する」としか書かれていなかった。
リーダーが不在で調停役もいないことから、反軍派の動きは止まることを知らない。今月上旬には中部マンダレーで、東南アジア諸国連合(ASEAN)の対応に不満を持ったメンバーがASEAN旗に火を付け、燃やす事件があった。NUGで「閣僚」を務める人物までもが「ASEANは不誠実だ」などと自己の主張を展開するばかりで、不法行為を止めようとはしない。
ミャンマーをめぐる一連の混乱は、国軍が民主主義のルールを一方的に破ったことが契機となって生じたことは間違いない。しかし、だからといって、反軍運動への協力を拒否した無抵抗の市民を襲い殺害することなど到底あってはならない。目には目を、が許されるならば、NLDやNUGが目指す法の支配も絵に描いた餅だ。暴力装置である国軍と何ら変わりはない。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)