高論卓説

早かった台湾へのワクチン提供 支援はスピード・行動の教訓生きる

 6月13日の朝、私はコンビニに走った。産経新聞を買うためだ。そこに台湾の企業や個人が出した2つの全面広告が掲載された。「ありがとう日本!」「感謝」の大きな文字が躍った。台湾へ日本から124万回分の新型コロナウイルスワクチンが届けられたことに対するもので、台北の日本台湾交流協会にも花束がたくさん届けられ、101ビルや円山大飯店にも感謝の言葉がライトアップされた。台湾の人々の思いは日本にしっかり届けられた。

 思い起こすのが、日本が1991年の湾岸戦争で130億ドルという巨額の支援を拠出しながら、戦争終了後にクウェート政府が米国紙に掲載した全面広告の感謝の相手国30カ国に日本が入っていなかった。

 原因は、日本の支援表明が遅かったことと、日本が憲法規定による自衛隊を多国籍軍に派遣できず、資金提供しかできなかったことだった。金額は非常に大きかっただけに、日本人は心に深いトラウマを負い、一つの教訓を学んだ。

 それは「支援はスピーディーに、そして、お金よりも行動」である。

 台湾へのワクチン提供の速度に誰もが驚いた。日本人は何事にも慎重で議論に時間がかかる。特に台湾問題は複雑だ。しかし、今回は計画が動き出して2週間で実現にこぎつけた。関係者が湾岸戦争を意識していたかどうかは別に、日本外交に「スピード」を重視する行動が定着したのはいいことだ。

 あまりにも早過ぎたので、陰謀説すら流れた。ワクチンが台湾に届いた日が6月4日だったので、意図的に1989年の天安門事件と同じ日を選んだのではないか、というストーリーだ。ワクチンを運んだのがJAL809便だったことも陰謀説に拍車をかけた。ネットによる偽情報や情報操作が日常化し、陰謀論が広がりやすい時代だ。もちろん完全に偶然の結果にすぎない。

 台湾の緊急度の高さも伝わっており、早期の提供に向けて、関係者の全てが力を尽くした。今年は「東日本大震災」の10周年であり、台湾の義援金への恩返し、という面も大きかった。10周年なのにコロナのために具体的な感謝表明の計画が立てにくく、関係者の多くがストレスを抱えていた分、それがこのワクチン提供で一気に花開いた形である。

 日本人は東日本大震災から10年間、巨額の義援金を送ってくれた台湾への感謝を続けている。今回のワクチン提供も台湾でしばらく語り継がれるだろう。台湾在住の日本人は、出会った台湾人が日本人と見るやお礼を言ってくれることに驚いているという。

 日本が提供のワクチン接種が台湾で既に始まっている。蔡英文総統にとって「神風」だったと言っていい。急激な感染拡大で台湾社会の心理状態が半ばパニックだった。ワクチン確保が遅れ、国民の批判は厳しかった。

 今回のワクチンは台湾の人々の健康を支え、民進党も支えた。ワクチン提供は、仮に政権が国民党でも実現したと思う。ただ、日台関係重視を掲げる民進党を応援したい日本人が多かったこともスムーズな提供にプラスに働いたのは確かだろう。

 今も多くの国がワクチンを必要としている。ワクチンは戦略物資になった。優れたワクチンを有する国が交渉力を持つことになる。台湾もワクチン開発に動いている。開発が遅れた日本も塩野義製薬で努力が進んでいるようだ。

 今回、台湾へのワクチンがアストラゼネカ製ではなく、日本産だったらもっとよかった。日台の独自ワクチン開発はどちらが先になるだろうか。注目していきたい。

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【プロフィル】野嶋剛

 のじま・つよし ジャーナリスト。大東文化大学特任教授。朝日新聞で中華圏・アジア報道に長年従事し、シンガポール支局長、台北支局長、中文網編集長などを務め、2016年からフリーに。『ふたつの故宮博物院』『銀輪の巨人 GIANT』『台湾とは何か』『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』『香港とは何か』など著書多数。

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