海外情勢

スーダン政変、首相は「健康」とブルハン氏

 【カイロ=佐藤貴生】アフリカ北東部スーダンで起きた軍事クーデターをめぐり、首都ハルツームを含む国内各地では抗議する市民に軍部隊が発砲するなどして26日までに少なくとも7人が死亡、140人が負傷した。軍と民主派が2023年までの民政移管を目指した共同統治は2年余で瓦解(がかい)し、軍の行動に国際社会の非難が高まっている。

 軍民共同の統治評議会の議長を務めてきた陸軍出身のブルハン氏は26日、ハルツームで記者会見し、民主派内部で意見対立があり、「内戦を避けるため暫定政権を排除する決断をした」と述べてクーデターとの見方を否定した。

 ブルハン氏は、軍に連行され所在不明だった暫定政権のハムドク首相は「私の家で健康に過ごしている」と述べ、自ら解体を宣言した統治評議会と首相を含む暫定政権は人選を変えて再び発足させる意向を示した。ハルツームでは26日、道路や橋が軍に封鎖された中で、一部のデモ隊が軍への抗議活動を行った。

 軍は25日、ハムドク氏や閣僚数人を拘束してテレビ局を占拠、インターネットも遮断した。ブルハン氏は同日、「民政移管実現に向けた軍の関与」の必要性を強調して軍の行動を正当化し、全土に非常事態を宣言した。暫定政権側は、現体制下で非常事態を宣言する権利は首相だけに与えられており、「軍の行動は犯罪だ」と非難して国民に決起を呼びかけていた。

 軍民共同統治は、約30年間続いたバシル独裁政権が19年4月に反政府デモなどで崩壊したのを受け、同年8月に始動した。しかし、軍は西部ダルフールの紛争をめぐり、戦争犯罪などで国際刑事裁判所(ICC)が逮捕状を出したバシル氏の身柄引き渡しを拒み、民主派と対立。軍は民主派が求めた組織改革にも抵抗し、民政移管プロセスは停滞していた。

 1956年の独立以来、大半の期間をバシル氏ら軍出身者が統治してきたスーダンでは、軍が農業やインフラ事業などを手広く展開している。民政移管が進めば収入源を断たれかねない、とする軍の危機感がクーデターの背景にあるとする分析もある。

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