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飲料タブーに挑んだ「綾鷹」 “にごり”との格闘「五輪に出るより難しい」

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飲料タブーに挑んだ「綾鷹」 “にごり”との格闘「五輪に出るより難しい」

更新

 ≪STORY≫

 生存競争の厳しい清涼飲料業界で、販売数量が今年9月まで41カ月連続で2桁成長を続けているペットボトル入り緑茶飲料がある。日本コカ・コーラの「綾鷹」だ。代表的な緑茶ブランドを持たなかった同社が異例のロングセラーを生み出せたのは、ペットボトル入り清涼飲料のタブーだった「にごり」への挑戦だった。

 「急須で入れたような緑茶飲料はできないだろうか」

 2006年初め、マーケティング本部ティーカテゴリー緑茶グループは「急須」をテーマにした新商品の開発について、同社で商品の研究開発を行う東京研究開発センター(R&Dセンター)に提案した。その時について、09年から綾鷹を担当する薄井亜希子グループマネジャーは「後発としては競合を上回るレベルで緑茶本来の味に近づける必要があり、それには急須が一つのカギとなると考えた」と説明する。

 「それならば、にごりのあるものはどうか」。R&Dセンターはすぐさまボールを投げ返した。実はR&Dセンターではすでに緑茶の「にごり」に関する研究を進めていた。当時、ペットボトル入り緑茶飲料でにごりは不純物とみなされ透明が一般的だった。しかし、足立秀哉プロジェクトマネジャーによると、「R&Dセンターではにごりの中にこそ緑茶本来のうま味が入っている」と確信していたという。

 それまで、日本コカ・コーラはブレンド茶「爽健美茶」がブレンド茶カテゴリーでナンバーワンだったものの、市場規模の大きい緑茶飲料では、商品を投入するも看板商品にまで育成できていなかった。「ペットボトル入り緑茶飲料で斬新な商品を打ち出そう」。06年春、マーケティング、R&Dセンターによる新規プロジェクトがいよいよ動き出した。

 マーケティングチームはまず、茶葉を知るために京都へ向かった。老舗茶舗やお茶にまつわる資料館などを訪問し、大量生産するペットボトル入り緑茶飲料のイメージと重ね合わせた。

 ちょうど同じころ、R&Dセンターではにごりの研究が急ピッチで進む。透明の緑茶からにごりのある緑茶まで何パターンも試飲して改良を加えていく。試行錯誤するうち、風味豊かで安定性のあるにごりには「抹茶」を使うのがベストの選択肢であることに、メンバーたちは気付き始めた。

 夏も近づくころ、マーケティングチームはある老舗茶舗にたどり着く。「上林春松本店」だ。飲料メーカー社員という身分を隠して、上林春松本店の歴史を紹介している記念館を見学した。ここでは、それまで将軍家御用達だった同家が幕末を見据えて大衆向け商品を開発したなどの歴史を紹介。伝統を重んじながらも常に新時代を先取り、適応しながら現在まで続く同家の歴史にひかれたという。

 後日、上林春松本店代表の上林秀敏氏に新商品開発への参画を正式に要請した。秀敏氏は450年の歴史を背負い「コカ・コーラという誰もが知る企業との非常に大きなビジネス。私たちに体力はあるのだろうか」と悩んだという。答えはすぐには出せない。

 父親である14代上林春松に相談したところ「いい」とも「だめ」ともいわず、ただただ家の歴史を語り続けた。その時の父の真剣な表情に心を打たれた秀敏氏は「自分も新しいことに挑戦してみよう」と奮い立つ。自分も、上林家の歴史に新たなページを刻めるかもしれないと考え、プロジェクトへの参加を決めた。

 秀敏氏は早速、日本コカ・コーラの工場を見学し、茶葉の選定や「合組(ごうぐみ)」と呼ばれる茶葉のブレンドで伝統技術を提供した。にごりのもととなる抹茶も、上林春松本店が認定する。一連の過程では、伝統を毀損(きそん)しかねないリスクを負う上林春松本店と安定的大量生産が使命の日本コカ・コーラとの間で、議論はときに白熱。互いの限界をすり合わせていった。

 このころ、にごりのある飲料は未経験である生産工場でも戦いが繰り広げられていた。「オリンピックに出るより難しい」。誰かがつぶやいた。試作するも想定通り抹茶が製造機械につまってしまう。洗浄も一苦労だ。R&Dセンターの足立氏をはじめプロジェクトチームも工場に頻繁に通い、徹夜で抹茶をふるい続けたこともあった。

 ようやく商品化にこぎつけたのは、07年も終わりに近い10月のことだった。商品名は「綾鷹」。これは、幕末に上林春松本店が初めて一般大衆向けに開発、発売したお茶の名前だった。当初は将軍家に秘密で製造していたためブレンドレシピなどは残されていなかったが、新商品の「挑戦」の意味を体現しているようだった。

 だが、直後、思いも寄らない困難に直面する。プレミアム緑茶として1本(425ミリリットル)158円と高めの価格設定をしたものの、08年にリーマン・ショックを発端とする不況に見舞われ高価格商品が敬遠された。

 このため同社は09年5月に1本147円に改定するとともに、容量280ミリリットル(120円)、500ミリリットル(150円)、1リットル(220円)とバリエーションを拡充。従来の自動販売機やコンビニエンスストアに加えて、スーパーマーケットや量販店にも販路を広げていった。

 急須で入れたような味わいのお茶にフォーカスした広告宣伝を強化したことも奏功し、いまや「綾鷹」は国内を代表する緑茶ブランドに成長した。

 「最高の緑茶を」 定年間際の大先輩に花

 ≪TEAM≫

 「綾鷹」誕生の裏には、1人の定年間際のベテラン社員の思いと、それを支えたチームの奮闘があった。

 プロジェクトチームが立ち上がる直前の2006年。研究開発部門に約20年間にわたって茶系飲料を担当、翌年に定年を控えていたある男性社員がいた。

 「技術者として最高の緑茶をつくり、後輩に技術や知識を残したい」。集大成の商品開発を模索していたところに飛び込んできたのが、「急須で入れたような緑茶をつくりたい」というマーケティング本部からの提案だった。

 「にごりでやりたい」。それまでのペットボトル入り清涼飲料では“邪魔者”扱いされてきたにごりだが、うま味が凝縮されている。自信があった。

 業界で前例のない試みに東京研究開発センター、マーケティング本部も身構えた。だが、「お世話になった大先輩に花を持たせたい」(R&Dセンターの足立秀哉プロジェクトマネジャー)。チーム一丸となって挑戦することを決めた。

 開発が始まると男性社員の緑茶に関する知識、技術はやはり抜きんでていた。さまざまなにごりを試作するなか、お茶を抽出した際に自然に発生するにごりは不安定で大量生産に向かないことが分かる。ここで抹茶を使うことを思いついたのは、この男性社員だった。

 だが茶葉や抹茶の認定に携わった上林秀敏氏が「大量生産でにごりは大変」と認識していたように事は簡単ではない。「抹茶を添加するのではなく抹茶のうま味をいかに生かすかのブレンドの調整を繰り返した」と足立氏は振り返る。秀敏氏も100以上のサンプルを試し、議論し、ようやく納得のいくものにたどり着いた。

 製造現場では、この男性社員に代わって若手が中心となり徹夜の作業を担当。工場側と時に意見が衝突することもあったが、「最高の緑茶をつくりたい」というのは共通の思いとなっていた。「綾鷹」の生みの親ともいえる男性社員は、退職後も緑茶に関わる活動を行っているという。

 不動のトップ「お~いお茶」との頂上決戦なるか

 ≪MARKET≫

 緑茶市場で「綾鷹」は現在、3位のポジション。トップは伊藤園が1989年に発売したロングセラーブランド「お~いお茶」で、2位はサントリーが2004年に発売した「伊右衛門」だ。

 キリンビバレッジによると、11年の1~5位の販売数量とシェアは順に、「お~いお茶」が8385万ケースで37%、「伊右衛門」が4658万ケースで21%、「綾鷹」が3034万ケースで13%、キリンビバレッジの「生茶」が1772万ケースで8%、花王の「ヘルシア緑茶」が560万ケースで2%と続く。

 「綾鷹」の販売数量は月によっては「伊右衛門」を上回ることもあるといい、日本コカ・コーラとしてはまずは年間販売数量でサントリーを逆転、不動のトップとの頂上決戦を挑みたいところだ。

 好調の要因は苦労した「抹茶」による「にごり」を実現したうま味で、市場にとってインパクトは大きかった。

 伊藤園は今年3月、ペットボトル入り緑茶飲料の新商品として「お~いお茶 にごりまろやか」を、今月26日には「お~いお茶 抹茶ひとさじ 冬の緑茶」を発売。サントリーは10月、3月にリニューアルしたばかりの「伊右衛門」を再度リニューアルし、抹茶入り緑茶へのニーズが高まっているとして抹茶の使用量を3倍に増やしている。

 調査会社の富士経済によると、国内無糖茶市場の規模は11年に2.5%減の3265億円とマイナスだったものの、12年はこうした競争激化を背景に2.8%増が見込めるという。ただ、13、14年は横ばいの見通しといい、市場活性化に向けた各メーカーの一層の取り組みが不可欠だ。

 ≪FROM WRITER≫

 上林春松本店で、秀敏氏に茶葉をブレンドする合組を見せていただいた。複数の茶葉を使用し、配合比率を変えるとまったく別の緑茶に。緑茶飲料は単一の茶葉を使用していると思っていた私には新鮮で、組み合わせ次第で新たな緑茶を生み出し続けられるおもしろさを感じた。

 意外だったのは、合組では飲料にもかかわらず味覚に頼ってはいけないこと。目で見て、香りをかぎ、湯を注いで色を見る。ここまでで味の予想はたち、季節や天気で左右される味覚は最終判定なのだという。日本コカ・コーラという“巨大な急須”で入れた伝統の技、じっくり味わいたい。(金谷かおり)

 ≪KEY WORD≫

 上林春松本店

 京都・宇治で永禄年間(1558~70年)に創業した老舗茶舗。室町時代は有力茶師「御茶師」として栄え、戦国時代以降は豊臣家や徳川家などから重用された。江戸時代には御茶師のなかでも最高位の「御物茶師(ごもつちゃし)」として幕府や大名の庇護(ひご)を受ける。明治維新、幕府の消滅で“顧客”を失うも一般大衆向け商品の開発、販売に取り組み、昭和26年に会社を設立した。社是は「温故知新」。現在は宇治の直営店、京都や東京の百貨店のほか、オンラインショップを開設して茶葉を販売している。

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